近年、社員が育休を取得したことを理由に解雇をする「育休切り」が問題になっています。
厚生労働省のデータによれば、都道府県労働局での令和元年度の「婚姻、妊娠・出産などを理由とする不利益取り扱い」の相談件数は4769件でした。そのほか「育児休業にかかる不利益取り扱い」に関する相談件数は4124件であって、いわゆる「マタハラ」に関する相談が多数寄せられています。
育児休業は、育児・介護休業法が認めた労働者の権利です。したがって、労働者が育児休業を取得したことで不利益を受けるならば、法律が定めた制度が十分に機能しているとはいえないのです。
本記事では、育休切りにあたる処分の例や、育休取得を理由とした解雇の違法性、育休切りにあった場合の対処法などについて、弁護士が具体的に解説いたします。
まず、育休切りの概要および育休切りの違法性について解説します。
「育休切り」とは、妊娠・出産にともなう産休・育休の取得を理由に、解雇や退職勧奨、復職拒否などの不利益な取り扱いを受けることをいいます。
また、契約社員が産休・育休取得を理由に次の契約の更新を拒否されることも、育休切りに該当します。
妊娠・出産、育休取得を理由として、解雇などをすること(育休切り)や、その他降格、減給、配置転換などにより労働者を育休取得前よりも不利益に取り扱うことは、男女雇用機会均等法9条や育児・介護休業法10条によって禁止されています。
そのため、実際に育休切りが行われる場面では、たとえば、勤務態度や成績不良などほかの理由を挙げて、実質的には育休切りであるということを気づかせずに解雇するといったことが少なくありません。
しかし、そもそも、育休切りの場合に限らず、会社が従業員を解雇するためには、解雇するにつき客観的・合理的な理由があり、解雇することが社会通念上相当であると認められなければなりません(労働契約法16条)。
そして、単に勤務態度や能力に問題があるというだけでは社会通念上相当な解雇であるとはいえず「会社が十分な指導をして改善の機会を与えたのに、それでも従業員に問題解決の見込みがない」といった事情があってはじめて、解雇が社会通念上相当であると判断されます。
つまり、それまで勤務成績について指摘されたことがないのに、育休取得後に「勤務成績不良」を理由に解雇された場合には、そもそも労働者に対する会社からの十分な指導や改善の機会の付与がないわけなので、一般的な解雇としても認められない可能性があります。
それだけではなく、育休取得以外の解雇理由をあえて作り出したものとして実質的には「育休切り」である可能性が高いでしょう。
男女雇用機会均等法および育児・介護休業法は、平成28年に改正(平成29年施行)され、事業主にはマタニティハラスメントを防ぐためのあらゆる行為が義務付けられました。
具体的には、妊娠・出産・育休などに関するハラスメントにより当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者の相談に応じたり労働者に必要な措置を講じる義務や、事業主あるいは労働者同士によるハラスメント防止のために、研修を行うなどしてハラスメントに対する理解を深めるための措置をするよう努める義務などがあります。
両法律は、令和元年にさらなる改正(令和2年施行)がなされ、上記「事業主が労働者の相談に応じる義務」に関連して、労働者が事業主に対して育休等の相談をしたこと、または事業主が当該労働者の相談に対応した際に労働者が述べた事実を理由に、解雇その他不利益な取り扱いをしてはならないことが明文化されました。
このように、マタハラに対する取り締まりは法的にも厳しくなっており、育休取得を理由とする解雇(育休切り)や降格などの不利益な取り扱いを横行させないための制度設計がなされるようになりました。
神奈川県内の保育士の女性が「育休の復帰直前に解雇されたのはマタニティハラスメントにあたる」として保育園を運営する社会福祉法人「緑友会」を相手に解雇無効や慰謝料などを求めた訴訟について、令和3年3月4日、東京高裁は解雇を無効として、未払いの給与および慰謝料30万円の支払いを命じる一審東京地裁判決を支持する判決を言い渡しました(東京高判令和3年3月4日(Westlaw Japan文献番号2021WLJPCA03046001))。
この女性は平成29年4月から産休に入り、同年5月に出産、平成30年からの復職を希望していましたが、「園長と保育観が一致しない」ことを理由に、子どもが1歳になる直前すなわち出産後1年を経過しない時期に解雇されました。
男女雇用機会均等法9条4項では、妊娠中や出産後1年を経過しない女性労働者の解雇を原則的に無効としていますが、一方で、使用者側で解雇理由が妊娠や出産でないと証明できたときには例外的に有効としています。
この例外について、使用者は、前記に述べた労働契約法16条のとおり、妊娠・出産など以外の解雇理由が「客観的に合理的であること」と、当該理由による解雇が「社会通念上相当であること」を証明しなければなりません。
保育園側は、女性が園長に批判的な言動を繰り返していたことを解雇事由とし、解雇に代わる手段はなかったなどと主張しました。
しかし、裁判所は、「解雇に相当する問題行動であると評価することは困難である」として、保育園側の上記例外であるという主張を否定し、本件解雇を無効であると判示しました。
育休切りなどの不利益取扱いにあった際は、泣き寝入りせず、速やかに行動することが重要です。
以下では、育休切りなどに対抗するために労働者がとれる方法を解説します。
不当な処分であることを争うためには、早い段階から「処分に納得できない」という意思を表明して、解雇(育休切り)や降格の撤回を求めることが重要になります。
処分を通知されてから撤回を求めるまでに時間をおいてしまうと、会社側から「労働者も、通知した当初はその処分に納得していた」などと主張されてしまう可能性があります。
そして、もし裁判になった場合にも、裁判官に「処分が通知された後すぐに撤回の意思を示さなかったということは、通知当初、労働者には処分されても仕方がない事情があったのではないか」といった誤解を与えるおそれがあるのです。
さらに、仮に解雇処分がされたとき、裁判で解雇から判決までの未払い賃金の支払いも併せて求める場合には、労働者としては「自分には働く意思はあったのに、会社に就労を拒否された」という事情を示すことが必要になります。
会社から「労働者が自ら解雇を受け入れて働かないのだから賃金を支払わなかっただけだ」と主張されないためにも、就労の意思は、処分の通知後できるだけ早い段階で明確に表示するようにしましょう。
前記労働契約法16条にあるように、会社が従業員を解雇できる条件は非常に限定されています。しかし実際には、労働契約法16条の要件を満たさない解雇も多く存在しています。
もし解雇の処分(育休切り)を受けたら、会社に対して解雇通知書や解雇理由証明書を請求してください。
これらの書類によって、当該解雇理由がわかるので、労働契約法16条の条件を満たしているかどうかを判断することができます。
特に、解雇を口頭で言い渡された場合には、後から会社が「労働者の自主退職であった」と主張してくる可能性があります。
しかし、解雇通知書と解雇理由証明書を取得しておけば、「自主退職ではなく会社側から解雇された」という事実を証明することができます。
また、法律上、会社は、解雇理由証明書を請求されたときは、その交付を拒否することができません(労働基準法第22条)。
そこで、解雇理由証明書を請求する際には、会社が当該証明書を発行しない場合に備えて、口頭ではなくメールや書面によって行うことをおすすめします。
会社に対して解雇理由証明書を「請求した」という事実を、証拠として残すことができるからです。
通常、会社側が解雇(育休切り)や降格の理由を「育休取得のため」と主張することはありません。実質的には育休切りである処分の場合にも、業績不振や勤務成績不良など、育休取得以外の理由を主張することが一般的です。
そのような場合に「実質的には育休切りである」という事実を証明するためには、解雇の実態が育休切りであることを推認できるような内容がある以下のような証拠が有効になります。
育休切りに対抗するためには、受けた処分が不当であることを示す証拠を収集したうえで会社と交渉を行う、交渉がまとまらなければ裁判を提起する、などの手続きが必要となります。
これらの手続きを法律の専門知識を持たない個人がひとりで実施すると、多大な負担がかかってしまいます。子どもが誕生したばかりであり子育てで忙しい時期には、負担は倍増してしまうでしょう。
まずは、労働組合や都道府県の労働局など、労働問題に詳しい専門機関に相談しましょう。
ただし、これらの機関も、労働者の代理人となって会社と交渉してくれるわけではありません。
弁護士に依頼すれば、受けた処分が育休切りにあたるか否かの判断から、証拠集め、会社との交渉や裁判の提起を代行させることができます。
育休取得を理由とする解雇(育休切り)や降格などの不当な処分は、労働者の権利を侵害する不法な行為です。
近年ではマタハラ防止措置の義務付けなど政府による職場環境の整備が進められているところですが、日本ではいまだに育休切りが横行している状況となっており、労働者が泣き寝入りするケースも少なくないのです。
育休切りなどの不当な処分にあったら、ひとりで悩まずに、まずはベリーベスト法律事務所にまでご相談ください。
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ベリーベスト法律事務所は、北海道から沖縄まで展開する大規模法律事務所です。
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