理化学研究所では、同所に所属する有期雇用研究者の約2割にあたる約600名もの研究者を、2023年3月末(令和4年度末)で雇止めとする方針であると報じられています(※1)。また、九州大学でも、研究者の補助業務にあたる有期雇用職員を、2023年3月末で雇止めすると報じられています(※2)。
このように、大学などの研究機関において有期雇用で働く研究者、研究者の補助業務に従事する職員や一定の要件を満たす任期付き大学教員などの方(以下、「研究者」といいます)が令和4年度末で雇止めになるという事例が出てきています。
どうして、この時期に、研究者の雇止めが頻発しているのでしょうか。また、研究者等はこのような雇止めに対抗する方法はないのでしょうか。今回は、研究者の雇止めに関する基本的知識と対抗策について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
出典:
※1 「研究職600人雇止め」理化学研究所に走る衝撃|特集|東洋経済オンライン|社会をよくする経済ニュース(toyokeizai.net))
※2 研究者らに「雇止め」危機無期転換適用逃れ? 迫る来春期限|毎日新聞(mainichi.jp)
2023年3月末に研究者を雇止め(しようと)する目的は、研究者が、「無期転換ルール」と呼ばれる研究者などの労働者に有利なルールの適用を受けることを阻止し、もって、雇用期間の定めのない労働者(以下、「無期雇用労働者」といいます)となることを阻止することにあると考えられます。
有期雇用労働者は、2013年4月1日以降に同一の使用者との間で締結された2つ以上の有期雇用契約を通算した契約期間(以下、「通算契約期間」といいます)が5年を超える場合は、現に契約中の有期雇用契約が満了する日までの間に申込みを行うことで、無期雇用労働者となることができます(労働契約法18条1項参照)。
この法律は、巷では「無期転換ルール(5年ルール)」と呼ばれることがあります。
なお、無期転換ルールには、先行する雇用契約の期間満了日と後行の雇用契約の開始日の間に6か月以上の「空白期間」がある場合は、先行する雇用契約期間は上記の「5年ルール」の5年にカウントされないなどの例外がありますので、ご注意ください。
ところが、この5年ルールを研究者にそのまま適用してしまうと、研究機関の長期的・継続的研究に支障が生じる可能性があるということで、研究機関の研究開発能力の強化等の名目の下、研究者が無期転換ルールの適用を受けるには、通算契約期間が10年を超える必要があるという特例法がその後制定されました(科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律)。
この法律は、巷では「10年ルール」と呼ばれることがあります。
2023年3月末日をもって、2013年4月1日から10年が経つことになるので、早ければ2023年4月1日以降には、研究者の中にも、無期転換ルールの適用を主張できる権利(以下、「無期転換権」といいます)を取得する研究者が現れることになります。
しかし、一部の使用者は、そのような研究者による無期転換権の行使を阻止すべく、通算契約期間が10年を超える前に、その研究者を雇止めしようとします。
例えば、2013年から契約期間を1年とする有期雇用契約を9回更新してきた研究者を2023年3月末で雇止めすれば(つまり、10回目の契約更新をさせなければ)、その研究者が10年ルールの適用によって無期転換権を取得することを阻止できてしまいます。
2023年3月末に研究者の雇止めが頻発するのは、このためだと考えられます。
有期雇用の研究者は、使用者から雇止めされたとしても、下記の要件を満たした場合は、最後の有期雇用契約期間が満了する前、または、満了後、速やかに契約の更新を申込むことで、有期雇用契約を更新することができます。
裁判実務上、②の場合にあたるとして契約更新にいたるケースが多いですが、10年近く同一使用者の下で有期雇用契約を反復して働いていた研究者の場合、①の場合にあたるとされる可能性も考えられます。
を判断するにあたっては、
が考慮されることが多いです。
人員整理を理由とする雇止めの場合
また、当該雇止めに客観的合理的な理由があるか、あるいは、社会通念上の相当性があるかを判断するにあたって考慮される事項は、雇止めの理由によって異なるため一概にはいえませんが、人員整理を理由とする雇止めの場合は、
などの事項が挙げられます。
雇止めが無期転換ルールの適用阻止を目的としてなされたことのみをもって、当該雇止めに客観的合理的な理由がなく、あるいは、社会通念上の相当性がないとした裁判例は現在のところ見当たりません。
しかし、通算契約期間5年を超えては更新しない旨を定める契約条項が公序良俗(民法90条)に反し無効かが争点となった事案において、同条項を根拠とする雇止めが、「無期転換阻止のみを狙ったものとしか言い難い不自然な態様で行われた場合」には、無期転換ルールの潜脱と評価しうるとした裁判例(日本通運事件、横浜地裁川崎支判令和3年3月30日)もあり、雇止めが無期転換ルール適用阻止を目的としてなされた場合、そのことが雇止めの有効性判断において労働者に有利に働く可能性はあります。
本コラムでは、無期転換ルールの適用阻止を目的とした雇止めに関する事案で、雇止めが無効とされ、事実上無期転換が認められたと言えるであろう裁判例として福岡地方裁判所令和2年3月17日判決をご紹介します。
事案の概要
原告(労働者)は、被告(使用者)との間で、昭和63年4月から、契約期間を1年とする有期雇用契約を締結し、合計で29回にわたって有期雇用契約の更新をしました。
ところが、平成25年4月1日以降に締結をした雇用契約書には、「平成30年3月31日以降は契約を更新しない」という不更新条項が設けられており、被告は、当該不更新条項に基づき、平成30年3月31日付で原告を雇止めにしました。
原告は、違法な雇止めにあたると主張し、労働契約上の地位確認などを求めて裁判所に訴えを提起しました。
裁判所の判断
裁判所は、本件について、30年間にわたり、形骸化した手続によって契約更新が多数回繰り返されてきたこと、及び、本件不更新条項には、業務実績に如何によっては平成30年3月31日以降も雇用を継続する旨の一定の例外が規定されていたことなどを理由に、原告には契約更新に対する合理的な期待が生じていたと認定した上、本件雇止めは客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとはいえず、無効であると判示し、原告の請求を認めました。
本件では、2章(2)で上述した考慮要素のうち、
などが考慮されたと考えられます。
2章(2)で上述したとおり、雇止めが無効であるかどうかは、
の事情が考慮されることになります。
なので、違法な雇止めに備えるには、これらの事実を裏付ける証拠を収集・保管しておくことが重要となります。
収集・保管しておくべき証拠
収集・保管しておくべき証拠の一例としては、以下のような物などが考えられます。
※有期労働契約が3回以上更新されているか、1年を超えて継続して雇用されている労働者は、雇止めの理由についての証明書を請求することができます。雇止めの予告があった場合でも、実際に雇止めをされた後でも請求できますので、雇止めを知った時点で会社に発行を求めると良いでしょう。
会社から雇止めをされた場合には、当該雇止めが違法無効なものかもしれませんので、弁護士や労働基準監督署などの専門家に相談をするとよいでしょう。
専門家に相談をする場合は、限られた相談時間の中で有効なアドバイスをもらうために、以下のような準備をしておくことをおすすめします。
2章(1)で上述したとおり、雇止めされた労働者が契約更新を主張するには、現に契約中の雇用契約期間が満了前もしくは満了後速やかに契約更新の申込みをしなければなりません。
雇止めをされた場合は、なるべく早い段階で、契約更新の申し込みを行い、雇止めの撤回を求めていく必要があります。
なお、契約更新の申込みを行った証拠を残すために、契約更新の申込みは、内容証明郵便を利用して行うとよいでしょう。
会社との話し合いで解決することができない場合は、裁判所に労働審判の申立てを行ったり、訴訟提起することによって、雇止めの有効性を争っていきます。
雇用契約期間の満了によって、有期雇用契約は終了しますので、雇止めのすべてが違法というわけではありません。
しかし、2章(1)で上述したとおり、有期雇用契約が長期間にわたって反復継続して更新されている場合や契約更新に対する合理的期待が生じている場合で、当該雇止めに客観的合理的な理由が、または、社会通念上の相当性がないといえる場合は、違法な雇止めとなります。
また、仮に正当な雇止めであったとしても、未払いの残業代などがあれば、それを請求することもできます。
当該雇止めが違法なものかどうかの判断や未払い残業代請求の見通しを正確に判断するには法律的な専門知識が必要となるので、法律の専門家である弁護士でないと判断できないことも多いでしょう。
研究者が、忙しい研究の合間を縫って、法律に関する情報を収集し、会社と対等に交渉を行うことは、実際問題としてかなり難しいと思われます。
弁護士が代理人につけば、法的観点から説得的に権利を主張し、交渉による解決の道が開ける可能性は高くなるでしょう。
労働審判や訴訟の場合は、裁判官を説得する必要があるので、交渉よりもさらに高度な法律知識とリーガルマインドが必要となります。
訴訟等をせざるを得ないような状況に陥った場合は、弁護士に相談する必要性は極めて高いといえます。
会社との交渉や訴訟等の追行は、実際の交渉や期日への出席だけでなく、その準備に多くの時間を割かれ、また、多大な精神的負担を伴います。
そのような大きなストレスを抱えながらの転職活動はとても大変ですし、そのような状況下では納得のいく転職活動は出来ないのではないでしょうか。
弁護士に依頼すれば、法的な手続きを全てサポートしてくれますので、精神的・物理的な負担が大きく軽減されることもメリットと言えます。
研究者に対する無期転換ルールの適用を阻止する目的で行われる雇止めはこれから増えていくことが予想されます。通算契約期間が10年を超える直前で雇止めをされた(されそう)という研究者の方は、まずは、弁護士にご相談ください。
ベリーベスト法律事務所は、全国各地に拠点があり、夜間の相談も可能ですので、平日の昼間は仕事で忙しくて相談できないという方も気軽にご利用いただけます。
雇止めでお困りの方は、ぜひベリーベスト法律事務所までご相談ください。
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