東京商工リサーチ(令和2年7月3日)の調べによると、令和2年上半期に早期・希望退職者を募集した上場企業は41社で、前年同期と比べて2.2倍にも上ります。このうち8社が、新型コロナウイルスの影響を理由に挙げています。
会社から希望退職制度への応募を打診されたとき、労働者はこれを拒否して会社に残ることが可能です。
本記事では希望退職制度と他の退職制度との違いを説明したうえで、希望退職を拒否した場合に生じる不利益と、その対応方法について解説します。
まず、希望退職制度の目的や、整理解雇や早期退職とは何が違うのかを解説します。
希望退職制度とは、会社が一定の条件を示して、従業員本人の決断による退職を募る制度のことです。リストラの1つとして、行われます。
リストラというと「解雇」「肩たたき」といったイメージがありますが、会社が事業を再構築し経営の立て直しを図ることなどリストラという言葉には広い意味が含まれています。
このため、必ずしも業績が悪化した会社だけではなく、堅調な会社でも希望退職を募ることがあるのです。
整理解雇とは、人員整理を目的として、従業員の意思とは関係なく会社から雇用契約を解消することをいいます。
整理解雇は会社側の経営上の理由に基づく一方的な解雇であり、従業員には非がないと言えるため、基本的には、次の4要件が認められて初めて有効とされます。
① 人員整理の必要性
原則として、会社の存続が危ういほどに差し迫った必要性がある場合や、客観的に見て高度の経営危機にある場合でなければ整理解雇は認められません。
会社側には具体的な資料に基づいて、どの程度の人員削減が必要かの説明が求められます。
② 解雇回避努力義務の履行
整理解雇に踏み切る前に、会社が解雇を回避するための手段を真剣に、かつ十分に尽くしたといえることが必要です。
具体的には、配転・出向・転籍、新規・中途採用の削減・中止、希望退職者の募集などが挙げられます。
③ 被解雇者選定の合理性
恣意(しい)的な選定は認められず、勤務地や勤続年数、担当業務、会社への貢献度、労働者が解雇によって被る経済的打撃の低さなどに照らした客観的で合理的な基準に従って、公正に行われなければなりません。
④ 手続きの妥当性
会社は労働者または労働組合に対して、整理解雇の必要性、時期、方法などについて十分な説明を行い、誠意をもって協議しなければなりません。
早期退職とは、定年を迎える前に会社を退職することです。
希望退職制度が人件費削減を主な目的とするのに対し、早期退職制度は、従業員の選択の幅を広げるといった、従業員側の事情も考慮した制度です。
期間限定の希望退職制度とは異なり、いつでもだれでも利用できるという点に大きな特徴があります。
希望退職の募集があったからといって、退職する義務がないのは当然です。
では、会社から応募するよう迫られ、拒否した場合に不利益はあるのでしょうか?
① 希望退職の強要は、強迫や詐欺を理由に取り消せるケースもある
希望退職の募集は、会社から労働者に対して労働契約を解約しないか、という誘いをしているに過ぎません。労働者が希望退職を申し出、そして会社側の承諾があれば、労働契約の解約が成立すると考えられています。
したがって、合意解約を申し込むかどうかは、労働者の自由な意思にゆだねられています。会社側が希望退職に応じるよう圧迫的な態度を取ったり、事実とは異なることを言って誤解した労働者に意思表示させたりした場合には、強迫や詐欺を理由に取り消すことができる場合があります(民法96条)。
② 就業規則等の内容によっては、転勤や配転・減給が有効と認められるケースもある
強迫や詐欺がなくても、希望退職の打診を断ったために転勤や降格を命じられたり、給与や退職金をカットされるといった事態も考えられます。
会社の就業規則には業務上の都合により労働者に転勤や配置転換を命じることができる人事権の定めがある場合や、雇用契約上、労働者が転勤・配置転換に従う旨の条項がある場合があります。
また、会社からの一方的な減給は基本的には許されていませんが、就業規則等に定めがある場合は、人員削減を検討しなければいけないほどの業績不振に陥っている状況下においては有効になることもあります。
しかし、これらの措置が退職を強要するための、無用な人事権の行使であり、報復的見せしめである場合には、権利の濫用として許されません。
会社が希望退職を拒否した労働者に対して、しつこく応募を要請したり、これに応じない場合には転勤や降格のような不当な人事を行ったり、「自主退職しないと解雇する」などと脅したりすることは「退職強要」と判断される事情になり得ます。
退職強要が単なる退職勧奨を超えて、労働者の意思の自由を不当に制限するものにまで至ったときは違法であり、不法行為が成立することもあります(民法709条)。
具体的には、退職強要行為があった期間や頻度、態様、本人の意向などを総合して判断されるでしょう。
退職強要の例として有名な事件では、雇用主側がそれまで2~3年にわたり退職に応じない旨の意思を表明していた労働者に対して、さらに3~4か月の間に11~13回出頭を命じ、20分から時には2時間かけて強く退職を求め、配転をほのめかすなどしました。
裁判所は「多数回かつ長期にわたるしつこいものであり、退職の勧めとして許される限界を超えている」として、雇用主側の一連の行為は違法であり、労働者らは精神的苦痛を受けたとして損害賠償請求を認めました(最一小判昭和55年7月10日判決)。
このように退職強要は損害賠償請求が認められることもあるのです。
希望退職の打診を超えて、応じなければ降格や転勤、賃金カットをほのめかされるなど不当な圧力をかけられたときには、弁護士に相談しましょう。
相談を受けた弁護士は、まず、会社側の対応が違法な退職強要にあたるかを検討します。違法性があると判断した場合は、会社に対して退職の強要をやめるよう、内容証明郵便を送付する、裁判所に対して差し止めの仮処分命令を出してもらう、といった活動をスタートします。
さらに、悪質な退職勧奨によって精神的苦痛を受けたとして、会社に慰謝料を請求することも検討することになるでしょう。
ただし、これらの法的措置をとる前提として、違法な退職勧奨(退職強要)があったことを証明する証拠が不可欠です。
具体的には、会社側と話し合う様子の画像や録音・録画データがあるとよいですが、起こったことをメモした日記なども役に立つ場合があります。
はじめに希望退職の打診を受けたときから、経緯をすべて記録しておくとよいでしょう。
証拠があれば、弁護士がその証拠をもとに、より具体的な解決方法を提案することができます。
「今は手元に証拠がない」という場合には、弁護士は証拠の集め方をアドバイスすることもできます。証拠がないから…と諦めず、気軽に弁護士に相談してみましょう。
希望退職の打診を受けた場合、これからの職業人生だけではなく、もらえるはずのお金についても気になるところです。
会社に退職金規程や退職金支給の慣習がある場合、会社は退職金を支払う義務があります。たとえリストラが理由であったとしても、会社は原則として退職金を支払わなければならず、減額も認められません。
むしろ早期退職の場合は「早期退職パッケージ」といって、退職への動機づけとして会社との交渉により割り増し退職金がもらえるケースもあります。
会社の業績悪化が深刻な場合は、早めに退職金を受け取り、退職勧奨に応じることも検討の余地があるでしょう。実際に会社が倒産してしまうと、多くの場合退職金を受け取ることができないからです。
失業保険の給付内容は、退職理由によって異なります。
会社都合退職として処理してもらえると、初回の給付まで2か月ないし3か月という給付制限期間がないこと、給付日数の上限が最大330日間と長いことなど、通常の場合と比べて有利な内容になっています。
希望退職に応じて退職した場合には、自己都合退職として処理されていても、特定受給資格者として会社都合退職と同じように扱われる可能性があります。
失業保険の扱いに差がありますので、退職時、自己都合退職なのか会社都合退職なのかを会社に確認しておきましょう。
会社からの希望退職の要請には強制力がないため、労働者の自由な意思で拒否することが可能です。
これに応じないために、不当な退職強要を受けたら弁護士に相談して、会社への通告や裁判所による差し止めの仮処分命令、さらには損害賠償請求も視野に入れながら証拠を集めましょう。
希望退職をしつこく勧められるなどのトラブルに見舞われたら、ベリーベスト法律事務所へぜひご相談ください。
ベリーベスト法律事務所は、北海道から沖縄まで展開する大規模法律事務所です。
残業代請求、不当解雇・退職勧奨、同一労働同一賃金、退職サポート、労働災害、労働条件・ハラスメントに関するトラブルなど、幅広く労働者のお悩み解決をサポートします。ぜひお気軽に お問い合わせください。
1人で悩むより、弁護士に相談を
1人で悩むより、弁護士に相談を