1990年代以降、経済情勢の悪化や非正規労働者の増加、労働者の権利意識の高まりなどを受け、労働者個人と会社との間の労働トラブルは増加しました。
こうした背景のもと、平成18年4月から始まったのが「労働審判制度」です。未払い賃金や解雇などの労働トラブルは、労働者の生活基盤に直接影響するため、労働審判制度を活用してなるべく早くに解決したいと考えている方もいらっしゃるでしょう。実際に、令和5年に全地方裁判所が労働審判を新たに受理した件数は3473件ありました。(出典:令和5年司法統計年報 第91表)
本コラムでは労働審判制度の概要や申し立てからの手続きの流れ、労働審判を利用するべきケースについて解説します。
労働審判とは、労働者個人と会社との間で発生した労働トラブルを実情に即して迅速に解決するための手続きです。
本章では、労働審判の特徴を解説します。
通常の訴訟で労働トラブルを争うと結審までに何回も審理が行われ、審理期間も1年以上かかるケースは少なくありません。
これに対して労働審判は原則として3回以内の期日で審理が終了します(労働審判法第15条2項)。
裁判所の統計によると、平成18年から令和元年までに終了した事件の平均審理期間は77.2日(約2か月半)、申し立てから3か月以内に終了した事件は全体の70.5%です。
労働審判には当事者のほかに、労働審判官(裁判官)1名と労働審判員(中立公平な立場の労働関係の専門家)2名で組織する労働審判委員会が関与します。
裁判官以外の専門家が審判に加わることで、労働現場の実情に即した妥当な解決案の提示が可能となります。
通常の訴訟は準備書面と紙の証拠を交互に提出する形で主張、立証を行います。
一方、労働審判は労働審判委員会から直接質問があり、口頭で答える必要があります。口頭で主張しないで書面だけで審理してもらうことはできません。
労働トラブルの解決制度は、労働審判のほかに労働局や労働委員会のあっせんなどがあります。しかし、あっせんは参加が強制されるものではなく、また不参加の際にも何らかの不利益を被ることはありません。
これに対して労働審判は、呼び出しを受けた者が正当な理由なく欠席をすると過料の制裁を受ける強制力のある手続きです。
また、期日に出頭しなければ申立人の言い分通りに労働審判が下される場合があるため、相手方(会社側)が出席する可能性は高いでしょう。
なお、労働審判の判定は裁判上の和解と同じ効力があり、強制執行も可能です。
たとえば会社に未払い賃金の支払いが命じられたのに会社が従わなかった場合は、会社の預金口座などに対する差し押さえが可能です。
前述のとおり、労働審判は労働者個人と会社との間に生じた労働トラブルを解決するための制度です。たとえば解雇や配転・出向、退職金の未払い事案など、争点が単純で当事者が多数ではないトラブルに適しています。
一方、労働組合(集団)と会社の紛争や、個人(上司など)を相手方とするパワハラ・セクハラ事案などは対象外です。労働者個人と会社との間のトラブルであっても、金銭貸借のように労働問題ではない事案も労働審判で審理することはできません。
また、職場全体の整理解雇や就業規則の不利益変更など、争点が複雑な事案は労働審判にはなじみません。
労働審判を申し立てる際の準備と手続きの流れを見ていきましょう。
労働審判を申し立てる前に、予想される争点に関する証拠の準備および申立書の作成をしておきます。
① 証拠
たとえば賃金の不払い事案なら、雇用契約書や給与明細、就業規則(賃金規定)、出勤簿、タイムカード、賃金台帳などが挙げられます。
解雇であれば、前述のほかに解雇通知書や解雇理由証明書なども証拠になります。
② 申立書(労働審判手続申立書)
申立書のひな形は裁判所のホームページに掲載されているため、そちらを参考に作成されることをおすすめします。
証拠と申立書などの提出書類がそろったら、管轄の地方裁判所へ提出し、申し立てを行います。
手続き全体の一般的な流れは、以下の通りです。
① トラブル発生から申し立て
管轄の地方裁判所に申立書を提出します。申立書には
なども記載する必要があります(労働審判法5条各項、労働審判規則9条1項各号)。
② 期日の指定
労働審判官から第1回期日の指定と呼び出しがあります。
第1回期日は原則として申し立てから40日以内に設定されます(労働審判規則13条参照)。
③ 第1回審判期日
事実に関する主張と証拠調べ、答弁書への反論などが実施されます。
審理時間はおおむね2~4時間程度です。当事者は労働審判委員会から法的な心証を伝えられ、調停に関する意向の確認や説得などを受けることになります。
証拠調べや主張、反論は第1回期日でほとんど終了します。
つまり第1回期日は最終的な結果に影響を与える重要な勝負どころです。
④ 第2回・3回審判期日
第2回期日は当事者の都合を考慮しつつ、第1回期日の2週間~1か月後に設定されます。
第1回期日で確認できなかった事実関係などを除けば、基本的に第1回期日で事実関係の審理は終わっているため、第2回期日は調停のやり取りが中心となります。
第2回期日終了後の追加書類・証拠の提出は基本的に認められません(労働審判規則27条)。
多くのケースでは第2回期日までに調停が成立しますが、第3回期日までに合意しなかった場合は労働審判が下されます。
労働審判の終わり方は主に「調停成立」「労働審判」「訴訟への移行」の3つがあります。
話し合いがまとまると調停が成立します。
調停とは?
調停とは、労働審判委員会が間に入り、当事者が譲歩しながら話し合いによって解決することです。
成立した調停の内容は調書に記載され、裁判上の和解と同一の効力を持ちます。
妥協点が見つからない場合は労働審判委員会が見解や調停案を示すこともあります。
調停が不成立となると、労働審判委員会が事案の実情に即した労働審判を下します。
労働審判は、通常の訴訟でいう判決にあたります。
また事前に調停案が示されている場合は、その調停案とほぼ同じ内容の労働審判が言い渡されるケースも少なくありません。
2週間以内に異議申し立てがなければ審判が確定し、確定した労働審判の内容も裁判上の和解と同一の効力を持ちます。
労働審判の告知から2週間以内に異議申し立てがあると労働審判は効力を失い、通常の訴訟手続きへと移行します。
上記のほか、期日外での話し合いで和解が成立し、労働審判事件が取り下げられる場合もあります。
また、トラブルの内容が複雑で期日内に審判を終わらせるのが困難な事案は労働審判にはなじみません。この場合は労働審判委員会が審判を出さずに事件を終了させ、通常の訴訟手続きに移行することがあります(24条終了)。
労働審判は短期間での迅速な解決が見込める手続きです。
裁判官および労働の知識経験を有する専門家が関与するため、法的に妥当な内容での解決にも期待できるでしょう。調停および労働審判は確定判決と同一効力を持つため、強制執行によって金銭を回収することも可能です。
これらの利点を踏まえると、以下のようなケースで労働審判を利用するべきといえます。
一方で、労働審判には短期間で的確な主張・立証をしなければならないという難しさがあります。
会社側から提出される答弁書や書類を精査し、審判の前に証拠を準備すること、審判期日では口頭で的確に言い分を述べることが必要です。
これを労働者個人が行い、さらに望む結果につなげるのは容易ではないため、弁護士に依頼して進めるのが賢明でしょう。
裁判所も「状況に応じた的確な主張、立証を行うためには、必要に応じて法律の専門家である弁護士に依頼することが望ましい」と弁護士への相談をすすめているのが現状です。
また労働審判は当事者いずれかの異議申し立てによって訴訟に移行するため、会社側が徹底的に争う姿勢を示しているケースなどは、労働審判を申し立てても時間が無駄になってしまいます。
したがって、労働審判を申し立てるべきか、訴訟を提起するかの判断を含め、事件の当初から弁護士に相談のうえ方向性を検討するのがよいでしょう。
労働審判は会社との労働トラブルを迅速に解決するための有効な手続きですが、短期間で的確な主張を行うために十分な準備をしておく必要があります。
個人での申し立ては可能ですが思ったような結果にならないおそれがあるため、弁護士へ相談のうえで利用することをおすすめします。
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