歩合給制は、売り上げなどの業績によって給与が変動する賃金制度です。営業職やタクシーの運転手などに採用されるケースが多い制度ですが、たとえ歩合給であっても、時間外労働や休日、深夜労働をした場合には割増賃金が発生します。
歩合給だから残業代は出ないと諦めている方でも、残業代を請求できる可能性はあります。
この記事では、歩合給制における残業代の考え方や計算方法、未払い残業代の請求方法などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
固定給と歩合給の違い、歩合制のメリット・デメリット、歩合制が違法となる場合について解説します。
固定給とは
「固定給」とは、一定時間、労働をしたことに対する対価として一定の給与を支払う賃金体系です。固定給には、月給制や日給制、週給制、時給制などがあります。
歩合給とは
「歩合給」とは、契約件数や売上高などの業績に応じて給与が変動する賃金体系を指します。出来高払い制や成果報酬型、変動給ともいいます。
歩合給は、生命保険会社や不動産会社の営業職、タクシー会社の運転手、美容師、野球場のビールの売り子など、仕事の成果を数字で評価しやすい職種で採用されています。
メリット
企業にとっては、景気の低迷など業績が向上しにくい状況でも、「給与が増えるからもうひと頑張りしよう」と、従業員のモチベーションを高く維持できる効果があります。
また、人件費が業績によって変動するために、無駄なコストを抑えられるのも歩合給のメリットです。
デメリット
しかし、個人の働きのみが評価されることで、組織としての連帯感が喪失するというデメリットがあります。
さらに、従業員が失敗をおそれてチャレンジをしなくなる、人材育成に時間をかけることができない、人員の定着率が下がるなどのデメリットがあります。
従業員にとって、能力や実力によって得た成果に応じて給与が上がることは、仕事へのやりがいに直結します。効率よく成果をあげることができれば、休暇も取得しやすいでしょう。
しかし、歩合給では給与が安定しないため、生活に不安が生じ、精神的な負担となることがあります。
歩合制には、「固定給+歩合給」と「完全歩合制」の2種類があります。
固定給+歩合給
「固定給+歩合給」は、あらかじめ決まっている固定給に加えて、成果に応じて歩合給(インセンティブ)が支払われる仕組みです。
完全歩合制
「完全歩合制」はフルコミッションとも呼ばれ、すべての給与が成果に応じて支払われます。つまり、月に何時間も働いたとしても、成果がなければ給与が0円となることがあるのです。
労働基準法第27条では、出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならないとしています。
つまり、会社との間に雇用契約が結ばれている時点で、完全歩合制は違法となります。
これに対して、たとえば個人事業主との間で、完全歩合制の業務委託契約をすることは違法ではありません。
労働基準法第27条が定める保障給は、たとえば自動車運転者についての厚生労働省の行政解釈では、「労働時間に応じ、固定的給与と併せて通常の賃金の6割以上の賃金が保障されるよう定めるものとする」とされています。
また、保障給の規定は労働者の最低限度の生活を保障することを目的としているため、最低賃金を下回ることは認められていません。
歩合制でも、法定労働時間を超過して働けば、残業代が発生します。
労働基準法第37条では、使用者が時間外労働、休日労働または深夜労働をさせた場合には、労働者に対して割増賃金を支払わなければならないと定められています。
歩合給の算定の基礎となる売上や契約件数などの成果は、働く時間に比例して上がるという側面もあります。
しかし、歩合給は成果に対する報酬であり、残業代は労働時間に対する報酬です。
たとえ歩合制であったとしても、以下のような場合には、会社は割増賃金を加算した賃金を支払う義務があります。
① 通常の賃金と残業代部分が明確に分かれているか確認を
会社に対して「残業代も支払ってほしい」と請求しても、「歩合給の中に固定残業代(みなし残業、定額残業)が含まれている」と主張されて、支払いを拒否される場合があります。
「歩合給には固定残業代が含まれている」という会社の主張が認められるかどうかを判断するうえで、高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決)という重要な判例があります。
この判例は、「通常の労働に対する賃金と残業代部分とが明確に区分されていないなら、歩合給の支払いがあっても割増賃金が支払われているとはいえない」としています。
② 「歩合給の中に残業代が含まれている」が認められる要件
歩合制の場合に固定残業代が認められるためには、次のような要件を満たすことが求められます。
逆に言えば、上記のような要件を満たしていない場合は、歩合給であっても残業代を請求できる可能性があります。
自分が要件に当てはまっているか、弁護士に相談をして確認をしてみるとよいでしょう。
歩合制の残業代の計算方法は、固定給のみの場合とは異なります。
歩合制においても、法定労働時間を超過して働いた場合には、会社は残業代を支払わなければなりません。
したがって、歩合制の対象となる従業員も、ほかの労働者と同様に労働時間を管理する必要があるのです。
労働時間管理にはタイムカードやシフト表、日報などを使用するのが一般的ですが、外回りのため直行直帰の多い営業職の場合には、勤怠管理アプリなどを利用して総労働時間数を把握することもあります。
まず、残業代を固定給部分と歩合給部分に分けます。
① 固定給部分の残業代
固定給部分の残業代は、次の計算式により算出します。
基礎時給は、基礎賃金(毎月支払われる給与から、歩合給のほか、家族手当や住居手当などを除いた金額)を「月平均所定労働時間」で割ったものです。
② 歩合給部分の残業代
歩合給部分の残業代は、次の計算式により算出します。
歩合給の基礎時給は、歩合給をその月の「総労働時間数」で割ったものです。
③ 割増率
注意点として、歩合給部分の場合は割増率が1.25以上ではなく、0.25以上となります。
これは、歩合給の基礎時給、つまり1.0に該当する部分はすでに歩合給の中に含まれていると考えられているからです。
なお、時間外労働(残業)以外の割増率は、休日労働の場合は0.35以上、深夜労働の場合は0.25以上となります。
④ 固定給部と歩合給部分の残業代を合算
最後に、固定給部分と歩合給部分の残業代を合算します。
実際に未払い残業代を請求する際には、下記のような方法で計算をすすめることになります。
たとえば、基本給20万円、住居手当2万円、歩合給5万円、月平均所定労働時間170時間の従業員が、月に200時間(うち時間外労働30時間)働いた場合の残業代は、おおよそ次のように計算します。
会社に対して未払い残業代を請求する方法について、解説します。
残業代を請求する際には、以下の流れで手続きをすすめることになります。
残業代があることを立証するためには、雇用契約書や就業規則・賃金規程、給与明細書のほか、タイムカードや日報など勤怠状況がわかる証拠が必要となります。
これらの証拠を集めたうえで、未払い残業代を請求します。
会社に対して未払い残業代を支払うように申し入れをします。
この段階で、会社が未払い残業代を支払い、事態が解決する場合もあります。
会社が支払いに応じない場合には、未払い残業代の金額や支払い期限などを記した内容証明郵便を会社に送付します。
未払い残業代には時効(令和2年3月31日までに発生したものは2年、同年4月1日以降に発生したものは当分3年)がありますが、内容証明郵便の送付をすることで、一時的に時効を中断することができます。
労働基準監督署が立ち入り調査をして違法性が認められた場合には、会社に対して「残業代を支払え」という是正勧告がおこなわれる可能性があります。
しかし、是正勧告には強制力がないため、会社が支払いに応じないこともあります。
会社が、内容証明も是正勧告も無視して残業代を支払わない場合には、地方裁判所に労働審判を申し立てることができます。
労働審判は、原則として3期日以内で審理が集結するため、訴訟よりも早期の解決を図ることができる手続きです。
労働審判の結果に不服があれば、異議申し立てをして労働訴訟に移行します。
訴訟では、未払い残業代に対する遅延損害金・付加金まで含めて、回収できる可能性があります。また、訴訟となっても、和解により早期の解決を図ることが可能です。
なお、労働審判を経ずに、最初から訴訟を起こすことも可能です。
労働審判と訴訟について、どちらを選択するかは弁護士と相談すると良いでしょう。
未払い残業代を請求するなら、証拠集めをする段階から弁護士に相談することをおすすめします。
証拠集めについてアドバイスを受けたり、証拠が手元になくても会社に対して開示請求を適切に行っていくことができるためです。
また、歩合制の未払い残業代の計算は複雑ですが、弁護士なら、法律に基づいて正確な未払い残業代を計算することができます。
会社との交渉の際にも弁護士が代理人となり、法的根拠と証拠に基づいて交渉を進めてくれます。そのため、労働審判や訴訟といった法的手続に進行する前の段階で、未払い残業代を支払ってもらえる可能性が高くなるのです。
成果に応じて給与が変動する歩合制は、従業員にとってやりがいのある制度です。
歩合制でも、法定労働時間を超過した場合には残業代を請求することが従業員の権利として認められています。
歩合制の未払い残業代の計算や証拠集め、会社との交渉でお悩みの方は、未払い残業代請求の実績豊富なベリーベスト法律事務所に、ぜひご相談ください。
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