少子高齢化に伴い、介護業界は人材不足に悩まされています。今後もさらに人材不足が進行することが予想されているため、国は「新しい経済政策パッケージ」の一環として介護人材の処遇改善を打ち出しました。
たとえば、平成29年度予算では、介護職員について、月額平均1万円相当の処遇改善だったところ、令和元年には、勤続年数10年以上の介護福祉士について月額平均8万円相当の処遇改善を実現するべく、報酬改定がなされています。
しかし、このような動きがありながらも、介護の現場ではたらく方のすべてをフォローできているわけではなく、介護職員の方の賃金等の問題の改善状況は十分ではありません。介護職員の方々においては、長時間労働や深夜労働、常態化したサービス残業を強いられながらも、十分な残業代が支払われていないこともあるでしょう。
本コラムでは、介護職における残業の状況に触れながら、未払いとなっている残業代の請求方法や請求する際の注意点について弁護士が解説します。
長崎県が県政アンケートモニターに対して行った調査によると、一般市民の方々が介護職に対してもつ一般的なイメージとして下記のような回答結果でした。
モニターは限定的ですが、他の都道府県でも同様のイメージなのではないでしょうか。
さらに「平成30年度 介護労働実態調査」をみると、介護職員の1週間当たりの残業時間は、
となっており、50%以上の事業所で残業が発生しているようです。
また、少なからず「不払い残業代がある・多い」という悩みを抱えている方も存在していることは無視できないでしょう。
日本介護クラフトユニオンが実施した「2016年 処遇改善調査」によると
でした。
その理由として残業を申告しづらい雰囲気がある、申告しても残業を認めてもらえないことなどを挙げる方がいました。
介護職に就いている方のなかには、未払残業代の存在に不満を抱えながらも「本当に残業代が発生しているのか」という疑問を感じている方もいるでしょう。
そこで、どのような場合に残業代が発生するかについて解説します。
労働基準法第32条は、労働時間の上限を「1日につき8時間、1週間につき40時間まで」と定めています。これを「法定労働時間」といい、法定労働時間を超えた残業(法定時間外労働)をさせた場合は、割増率が適用された残業代(割増賃金)が発生します。
たとえば、1か月60時間以下の法定時間外労働の場合は125%、1か月60時間超の法定時間外労働の場合は150%の割増率が適用されることになります。
ただし、労働基準法第40条、労働基準法施行規則第25条の2第1項の規定により、
のうち、常時10人未満の労働者を使用する事業であれば、1週間の法定労働時間は44時間まで延長が可能です。
労働時間の契約が特殊な場合は、残業代発生の条件が変わることがあります。
① 変形労働時間制
時期による業務量の変化にあわせて労働時間を柔軟に調整できる制度です。週単位・月単位・年単位で労働時間を設定しますが、法定労働時間を超えた場合は残業代が発生しますが、法定労働時間を超えた労働時間の算出が少し複雑です。
② みなし残業制(固定残業代)
あらかじめ給与の一部に一定時間分の残業代が含まれているとするものです。このようなみなし残業代について、残業代がその分支払われたものとして取り扱うべきかについては、見解の分かれるところですが、少なくとも、給与に含まれるとされた残業時間を超えて労働に従事した場合は残業代が発生します。
また、時間外労働手当などとして、あらかじめ定められた額によって残業代を支払ったこととする場合もありますが、これが残業代の対価として支払われているものと認められる場合でも、残業代を計算した結果、不足がある場合には、その分の残業代を請求することができます。
③ フレックスタイム制
労働者自身が始業・終業時間を決めて労働に従事する制度です。1か月などの定められた単位期間(清算期間)における総労働時間(労働すべき時間)を超過した場合に残業代が発生します。
法定労働時間を超えて労働をさせている場合、会社は、残業代さえ支払えばよいわけではありません。
法定労働時間を超える労働や休日労働が認められるのは、労使間でいわゆる「36協定」を結んでいる場合に限られます(労働基準法第36条)。労働組合または労働者の過半数を代表する者と使用者との間で労使協定を結び、労働基準監督署に届出をしなくてはなりません。
36協定を結ばないまま法定労働時間を超える労働や休日労働を課す行為は、労働基準法違反です。
なお、36協定は「法定時間外の労働が上限つきで可能」となるだけで、残業代が発生しなくなるわけではないということに注意しましょう。
次のようなケースでは原則として残業代(割増賃金)が発生するため、未払いであれば残業代(割増賃金)を請求できます。
労働基準法が定めている「1日8時間・1週40時間」の法定労働時間を超えて勤務した場合は残業代が発生します。これが基本的な考え方になります。
雇用契約書に「◯◯時間分の残業代を含む」などの記載があった場合は、あらかじめ定められた時間分の残業代を含んだ給与が支給されているとされる可能性があります。
ただし、少なくとも、「○○時間分」としてあらかじめ定められた残業時間を超えて労働に従事した場合は、残業代の請求が可能です。
介護職のなかでも、夜勤に従事する機会がある方は残業代を請求できる可能性があります。
たとえば、夜勤中の仮眠時間内でも業務に即座に対応する必要があるなど、使用者の指揮命令下にあったとみなされるケースでは、仮眠時間=休憩時間とはみなされず、労働時間に含まれる可能性があります。
■解決事例のご紹介
実際に、ベリーベストでは仮眠時間の労働時間制が認められ、残業代が請求できたケースがあります。以下の事例も併せてご覧ください。
また、訪問介護に従事する場合で、利用者の送迎が会社の指示による場合など、そのために時間を拘束されているのであれば、移動時間は労働時間にあたりますので、この時間についても残業代の請求が可能です。
ただし、自身と帰宅方向が同じ施設利用者を厚意で送迎するような場合などは残業代の対象外となるおそれがあるという点には注意が必要でしょう。
施設長・マネジャーなどの肩書で管理職として勤務している方のなかには「管理職なので残業代の対象外」と思われている方がいらっしゃるかもしれません。
たしかに、労働基準法第41条2号に定められている「管理監督者」にあたる立場の労働者であれば残業代は発生しませんが、会社内で定められている「管理職」と法が定める「管理監督者」は一致していない可能性があります。
管理監督者にあたるかどうかは、次の3つの要素を基準として判断されます。
これらの要素を考慮して、「管理監督者」とはいえないような場合は、いわゆる「名ばかり管理職」にあたり、残業代の請求が可能です。
■関連コラム
名ばかり管理職については、詳しくは以下のコラムで解説しています。併せてご覧ください。
介護職における未払い残業代の請求方法と、請求にあたって注意すべきポイントをみていきましょう。
未払いの残業代は、過去にさかのぼっての請求が可能ですが、残業代の請求には時効があります。
未払残業代請求の時効は、令和2年3月までに支払日が到来していたものは2年間、同年4月1日以降に支払日が到来するものは3年間とされています(令和2年9月現在)。時効の期間内であれば退職後でも請求可能であることを覚えておきましょう。
■関連コラム
残業代の時効について、詳しくは以下のコラムで解説しています。併せてご覧ください。
「未払残業代が存在する」と主張するためには、残業代の支払われていない労働が存在することを自分自身で証明する必要があります。正確な金額の算定も必要なので、証拠集めが重要です。
出勤簿やタイムカードなどのほか、介護職では介護日誌や申し送り表に記載された時刻なども証拠になる可能性があります。
できる限り、コピーをとる、スクリーンショットで保存しておく、などの方法で証拠を集めておきましょう。
未払残業代を請求するには、その金額を算出する必要があります。
① 算出方法
残業代の算出方法は次の通りです。
1時間あたりの賃金は次の方法で割り出します。
② 割増率
割増率については、以下の通りです。
「未払いの残業代がある」とわかったとして、その後はどのように対応すればよいのでしょうか。
まずは、会社に未払残業代の支払いを求める旨の通知書を出しましょう。
残業代の請求権の時効が完成するのを阻止するためには、会社に対して残業代の請求をしておく必要がありますが、残業代の請求をした事実を後で否定されないために、内容証明郵便を利用するのが賢明です。
内容証明郵便を利用すれば、残業代を請求した事実、請求した日が客観的に明らかになるので、会社からの「時効が完成した」という主張を封じるために有効な手段となります。
残業代の未払いは労働基準法に違反する行為です。管轄の労働基準監督署に相談して違反状態を是正してもらいましょう。
ただし、労働基準監督署は労働関係の法令に対する違反行為を取り締まる機関であって、未払残業代の回収を代わりに行ってくれるわけではありません。
労働基準監督署では必ずしも根本的な解決が望めないおそれがあることは心得ておくべきでしょう。
会社が未払残業代の支払いに応じない場合や、そもそも残業代が請求できるのか不安な場合は、弁護士への相談をおすすめします。
弁護士に依頼すれば、残業(代)の証拠集めのアドバイスを受けたり、未払残業代の正確な算出も依頼できたりするほか、代理人として会社とのやりとりを任せることができ、時間や精神的な負担を軽減することができます。
もちろん、裁判上の手続きも依頼可能です。未払残業代の請求に関する全般的なサポートが期待できるでしょう。
介護職の労働環境は改善傾向にありますが、依然として長時間労働や残業代の未払いがなくならない状況です。「介護業界では当然だから仕方がない」とあきらめる必要はありません。
介護職の長時間労働や残業代の未払い問題を解決したいとお考えなら、労働トラブルの解決実績が豊富なベリーベスト法律事務所にお任せください。
あなたのお悩みをしっかりと伺い問題解決に向けて尽力いたします。
ベリーベスト法律事務所は、北海道から沖縄まで展開する大規模法律事務所です。
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