厚生労働省によれば、1企業で合計100万円以上の割増賃金の不払いがあるとして労働基準監督署が是正指導を行い、不払いの割増賃金の支払いに至った企業は令和3年度で1069企業でした。不払いの割増賃金が支払われた対象労働者は6万4968人にも上ります。
労働者が時間外や休日に働いた場合の割増賃金の支払いは、労働基準法第37条に基づき使用者に定められた義務であり、使用者が、労働者に時間外労働や休日労働(以下、単に「残業」といいます)をさせたにもかかわらず、割増賃金を支払わないのは原則として違法です(もっとも、労働契約の内容によっては、違法とならない場合もあります)。
労働者として残業をしたにもかかわらず、それに見合う割増賃金が使用者から支給されずに、いわゆる「サービス残業」を強いられているのなら、しかるべき場所への告発(※)も検討しましょう。(※本コラムでは、刑事処罰を求める行為に限らず、広く、法令違反事実の報告・相談の意味も含めて告発と表記します。)
本コラムではサービス残業を告発する方法や適切な相談窓口について解説します。
(出典:厚生労働省ホームページhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/chingin-c_r03.html)
サービス残業だと思っても、そうではない場合もあります。本章ではサービス残業を告発する前に、まず確認するべきことについて解説します。
残業をしたのにその分のお金が支払われないことは、原則として違法ですが、ご自身の労働契約の内容によっては、必ずしも違法とはならない場合もあります。
たとえば、使用者が労働者に毎月支払う給料の中に一定時間数分の残業代を含めるものとする、「みなし残業制」「固定残業制」と呼ばれる制度があります。
この制度が労働契約の内容となっていた場合、支払われる給料に一定時間数分の残業代が含まれているため、その月の残業時間がその一定時間数を超えない限り、サービス残業とはなりません。
まずは就業規則や労働条件通知書から、ご自身の労働契約内容を確認してみましょう。
サービス残業が発生しているということが確認できたら、しかるべき外部窓口への相談を検討しましょう。
労働者がサービス残業を告発する先として、まず考えられるのは「労働基準監督署」です。
労働基準監督署は、労働基準法や最低賃金法などの労働関係法令に基づき、当該各法令に違反する企業に対して監督・指導を行う機関です。
また、当該法令違反に対する度重なる監督・指導がなされたにもかかわらず、是正がされないような重大・悪質な事案の場合は、捜索差押えや逮捕などの強制捜査を行い、検察庁へ事案を送致することもできます。
つまり、労働基準監督署へ告発をすると、労働基準監督署が企業を訪問・立入調査などし、法令違反の事実が確認されれば是正勧告・改善指導をしてくれます。
これにより企業が是正・改善すれば、これまでのサービス残業に対する不払いの割増賃金が支払われるでしょう。
一方で、労働基準監督署からの是正勧告・指導を無視して企業が労働者にサービス残業をさせ続けるなど悪質な場合は、当該企業の経営者に刑事処分が下されるという展開もあり得ます。
労働基準監督署への告発方法は、電話、メール、訪問・面談の3つです。
そして、匿名で告発することは可能です。
しかし日本では500万以上の事業所が活動しているのに対して労働基準監督署は全国で321署しかなく、すべての告発に対応するにはマンパワーが不足しています。
重要度や緊急性の高い事案から対応にあたるため、匿名の場合は重要度が低いと判断されて動いてもらえないリスクが大きくなります。
そのためサービス残業の改善を期待して告発するなら実名を明らかにして行うべきでしょう。
もっとも、実名で申告する場合、通報したことが会社に知られてしまうのではないかと心配される方もいらっしゃいますが、労働基準監督署には守秘義務があるため、誰が通報したのかを知らせることは基本的にありません。
なお、メールでの告発は、労働基準監督署に情報提供をしたにとどまり、労働基準監督署からの何らかの回答等を得ることは期待できません。
電話での告発においても、労働基準監督署が直接証拠等の確認をすることができないため、一般的なアドバイスに終始する可能性もあります。
したがって、企業を有効的に告発するためには、労基署を直接訪問し、担当者と直接話をするのがよいでしょう。
さらに、労働基準監督署への告発の方法としては、単に一般的な解決方法のアドバイスを求める「相談・通報」と、労働基準法等に違反する事実を通告して行政上の権限の発動を促すもの(労基法第104条第1項)である「申告」があります。
労働基準監督署の企業に対する是正勧告・改善指導を求めたい場合は、「相談・通報」ではなく、「申告」であると伝えましょう。
一般職の国家公務員には原則として労働基準法は適用されないため、労働基準監督署に告発することはできません。相談先は人事院の相談窓口または所属府省の人事担当部局などです。
地方公務員は、一部規定を除き、労働基準法が適用されますが、原則として、労働基準監督機関の職権は、人事委員会または人事委員会の委員(人事委員会を置かない地方公共団体においては地方公共団体の長)が行うこととなっているため、人事委員会等へ相談します。
ただし、次の方については、労働基準監督署に相談をすることができます。
サービス残業を告発する場合は、しっかりと証拠を集めて事実関係を整理しておくことが大切です。証拠がない、事実関係が不明瞭といった事案は後回しにされるおそれが高いからです。
まずはサービス残業の証拠をそろえます。具体的な証拠の例としては以下のものがあります。
集めた証拠をもとに残業時間を明らかにし、不払いになっている残業代がいくらなのかを計算します。
サービス残業代は以下の計算式で算出できます。
1時間あたりの賃金は時給制の場合はその時給、月給制の場合は
で算出します。
割増率は
です。時間外+深夜労働は5割以上、休日労働+深夜労働は6割以上となります。
また、いつから不払いなのか、不払いの理由を企業はどのように説明しているのかといった事実関係も整理しておき、正しく伝えられるようにしておきましょう。
労働基準監督署が是正勧告・指導をしても、企業が必ず従うとは限りません。
また労働基準監督署はあくまでも会社に対する監督・指導を行う機関なので、労働者個人に対する不払いの残業代を個別に回収してくれるわけではありません。
労働基準監督署以外にも相談できる場所があるため、状況に応じて利用を検討しましょう。
企業に労働組合がある場合は労働組合に、企業内に労働組合がない場合でも企業外の合同労組(ユニオン)に相談できます。労働組合に相談すると、団体交渉を通じて企業にサービス残業の是正と不払いの残業代の支払いを主張してくれる可能性があります。
企業は正当な理由なく労働組合との団体交渉を拒むことができないため(労働組合法第7条)、自分ひとりで交渉したものの無視されたケースなどでも交渉に応じてもらえる可能性は高まるでしょう。
ただし、企業が労働組合の要求に応じないこともあるため、団体交渉が必ずしもご自身の希望通りに進むとは限りません。
また、労働組合は裁判手続きの代理ができない点、組合費がかかる点も知っておきましょう。
弁護士は法的なアドバイスをくれるのはもちろん、個々の労働者のために裁判手続きも含めて積極的に動いてくれるので、残業代の回収も期待できます。
また、すでに退職している場合はサービス残業に関する証拠の収集が難しくなりますが、弁護士から企業へ証拠を開示するよう請求することで開示される可能性もあるので、退職後だからといって諦める必要はありません。
ただし弁護士費用はかかるので、残業代をどの程度回収できる見込みがあるのかも含めて、まずは無料相談などを利用するのがよいでしょう。
そのほかにも、労働条件にまつわる個別の相談を承る厚生労働省所管の「労働条件相談ほっとライン」など、労働基準監督署以外の公的な相談窓口もあります。
サービス残業や残業代不払いの問題は、弁護士へ相談することをおすすめします。
労働者が個人で対応した場合と比べて以下のような効果に期待できるからです。
不払いの残業代を自分で計算することは可能ですが、正確に計算するのは簡単ではありません。
働き方や給与体系は多様化しており、固定残業代制や変形労働時間制、管理監督者の場合の残業など難しいケースも多々あります。
時間外労働や休日労働の中で深夜労働があった場合の加算や、本来の支払日から遅れた分の遅延損害金の計算も分かりにくい部分があるでしょう。残業に関する証拠収集についても、何が必要な証拠で、何が法的に認められ得る証拠なのかといった判断も難しいものです。
残業代を正確に把握できなければ、不払いの根拠がないとして会社側が交渉に応じないか、応じたとしても一部しか支払われないといったリスクが生じます。
しかし弁護士であれば法定加算や遅延損害金も含めて正確に残業代を計算し、漏れなく請求することができます。
先に述べたとおり、労働基準監督署の是正勧告等や労働組合の要求には強制力がないため、確実に不払いの残業代を回収できるかどうかは分かりません。
しかし弁護士であれば労働審判や訴訟といった裁判手続きを用い、会社に残業代を求めることができます。判決や審判による企業の支払義務が確定したにもかかわらず、企業がこれに応じなければ、裁判所を通じて企業の財産を差し押さえ、強制的に回収を実現することも可能です。
弁護士に依頼した場合、企業との交渉や裁判の代理などをすべて任せることができます。
労働者個人がひとりで企業と交渉するのは、多大な精神的負担となることでしょう。
しかし、弁護士であれば、労働者の代理人として法的根拠を示しながら企業と交渉することが可能です。
また、労働者が企業に対して残業代請求をすることで、企業が当該労働者に不当な配置転換・解雇などの処分をすることもあるでしょう。
そのような場合でも、弁護士であれば法律を根拠に不利益な取り扱いの無効確認を求め、または不当な扱いに対する損害賠償を請求するなどの手段で対抗できます。
弁護士が関与すること自体がけん制にもなり、嫌がらせを回避できる場合も多いため、精神的な負担が軽くなる可能性も高いでしょう。
サービス残業は原則として労働基準法違反です。
労働基準監督署に告発することで会社への是正勧告・改善指導が行われ、結果的に現状が改善される可能性があります。しかし労働基準監督署においてもそう簡単には動いてもらえないため、証拠をしっかりそろえて実名で告発するなど、ポイントを押さえることが大切です。
また労働基準監督署では、個々の労働者の残業代回収には対応してもらえないため、サービス残業の改善とあわせて不払いの残業代の支払いを求めるなら弁護士へ相談するのがよいでしょう。
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