百貨店やスーパーなどの販売業、飲食店や美容室などのサービス業は、長時間労働になりがちで、サービス残業が常態化しているケースも少なくありません。
さらに、開店準備や閉店作業など、本来は労働時間として給与が支払われるべき業務なのに労働時間として計算に含まれていないことも多くあります。
販売・サービス業に従事している方のために、労働時間となる業務とはどんな業務か、名ばかり管理職の定義、基本的な残業代の計算方法と変形労働時間制における残業代の考え方、未払い残業代の請求方法などについて、弁護士がわかりやすく解説します。
販売・サービス業界では、業界の特性から、長時間労働なのに労働時間管理が適切に行われず、本来受け取られるべき残業代が未払いとなっているケースが多くみられます。
百貨店や量販店、スーパー、ホテル、飲食店、レジャー、美容などの販売・サービス業界は、次のような理由で長時間労働になりがちです。
また、この業界では、長時間の時間外労働をしているにもかかわらず、「サービス残業が当たり前」という風潮があります。
しかし、どんな理由があっても、雇用契約書などに定められた労働時間(所定労働時間)を超えた労働に対して残業代を支払わないことは、労働基準法第24条1項が定める「賃金全額払いの原則」に違反することになります。
さらに、実労働時間が法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えた場合には、一定割合(割増率)をかけた割増賃金を残業代として支払わなければなりません(労働基準法第37条)。
販売・サービス業界では、本来は労働時間に含まれるべき業務であっても、会社から「労働時間としてカウントしない」と判断されている業務が多くあります。
厚生労働省が平成29年1月に定めた「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」によれば、「労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示または黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。」とされています。
このガイドラインに従うと、次のような業務は「本来は労働時間に含まれるべき業務」となります。
労働基準法第41条第2号の定めに従うと、管理監督者に対する残業代の支払い義務はないと考えられます。管理監督者とは、事業者に代わって労務管理を行う地位にあり、労働者の労働時間を決定し、労働時間に従った労働者の作業を監督する者をいいます。
この管理監督者に該当するかどうかについては、次の3つの要素が問題となります。
販売・サービス業では、「管理職だから残業代は出ない」といわれているケースがあります。特に、多店舗展開している小売業や飲食店などにおいては、労働基準法上の管理監督者に該当しないのに、店長などの役職者を管理監督者として扱っているケースがあります。
そのような管理者は「名ばかり管理職」と呼ばれ、本来の意味する管理監督者ではないので、一般の社員と同じように残業代が発生します。
名ばかり管理職について、詳しくはこちらのページをご覧ください。
基本的な残業代の計算方法と販売・サービス業で多く採用されている変形労働時間制における残業代の考え方について解説します。
① 1時間あたりの基礎賃金額(基礎時給)
まず、「1時間あたりの基礎賃金額(基礎時給)」を計算します。
「基礎賃金額」とは、毎月の給与総額から、家族手当や通勤手当、住居手当などの手当を除いたものです。
② 1か月平均所定労働時間
「1か月平均所定労働時間」は、次の計算式で算出します。
1か月の平均所定労働時間を割り出せば、自分がどれだけ残業をしているのかがわかります。
③ 残業代を計算する
ここまでの計算ができたら、次の計算式で残業代が割り出せます。
時間外労働の時間数には、「本来は労働時間に含む業務」に従事した時間も含めて計算します。割増率は、次のとおりです。
<割増率>
所定時間外労働 | 1.0 |
---|---|
法定時間外労働 | 1.25以上~1.5以下 |
法定時間外労働(月60時間超) | 1.5以上 |
深夜労働 | 1.25以上 |
休日労働 | 1.35以上 |
法定時間外労働かつ深夜労働 | 1.5以上 |
休日労働かつ深夜労働 | 1.6以上 |
※法定時間外労働が月60時間を超えた場合の割増率は、中小企業は令和5年4月から適用されます。
※休日労働に当たる日の労働には、時間外労働に関する規制が適用されませんので、休日に1日8時間を超えて労働した場合でも、割増率は1.35以上のままです。
変形労働時間制とは、一定の期間内において、法定労働時間の範囲内で労働時間を柔軟に調整できる制度です。対象となる期間の単位は、1年・1か月・1週間の3種類があります。
季節による繁閑がある小売り・サービス業では1年単位、週末や月末が忙しくなる飲食業では1か月単位の変形労働時間制を導入している傾向があります。
変形労働時間制では、対象期間内の平均所定労働時間が1週間あたりの40時間以下であれば、法定労働時間を超えて、所定労働時間を決めることができます。
ただし、1年単位、1週間単位の場合、所定労働時間は1日10時間、1年単位の場合、1週52時間という制限があります。
また、1年単位の場合、連続して労働できる日数は6日まで、対象期間が3か月を超える場合には、所定労働日数は1年あたり280日まで、という制限があります。
変形労働時間制において、法外残業として125%以上の割増賃金が発生するのは次のような場合です。
① 1日の所定労働時間を超えた場合
所定労働時間が8時間を超えている日は、所定労働時間を超えて働いた時間が残業時間になります。所定労働時間が8時間以内の日は、8時間を超えて働いた時間のみが残業時間となります。
② 1週間の所定労働時間を超えた場合
1週間の所定労働時間が40時間を超えている週は、所定労働時間を超えて働いた時間が残業時間になります。所定労働時間が40時間以内の週は、40時間を超えて働いた時間のみが残業時間となります。
ただし、①で残業時間となった時間は除きます。
③ 変形期間の法定労働時間を超えた場合
変形期間全体の法定労働時間を超えて働いた時間が残業となります。
ただし、①と②で残業時間となった時間は除外されます。
未払い残業代があるとわかった場合には、会社に対して支払いを求めることができます。
未払い残業代を請求するためには、まず、残業代の支払い対象となる労働時間があることを証明する証拠を集める必要があります。
有効な証拠をそろえていれば、労働審判や裁判となった場合でも自分に有利な結果となる可能性が高くなるでしょう。
残業を証明する証拠には、次のようなものがあります。
① タイムカードなど
タイムカードや出勤簿、シフト表、業務日報、入出館記録など、「出勤時間と退勤時間がわかる記録」は、とても強力な証拠です。
② 会社で使用しているメールなど
本社や取引先などとのやりとりで、メールやチャット、ファクスなどを利用している場合には、会社にいた時間を示す証拠となります。消去をしないで、バックアップやコピーを取っておきましょう。
また、「名ばかり管理職」の場合には、重要な職務内容と責任、権限が与えられていないことを示すために、本社からの「指示命令などがわかるメールや文書などのコピー」も取っておくとよいでしょう。
③ 同僚や出入り業者の証言
「いつも〇時まで残業をしている」「必ず〇時には出勤している」など、同僚や出入り業者の証言も、おおよその労働時間を推認する証拠となります。
④ 日記や手帳の記録
日記や手帳など、毎日の出退勤の時間を記録していたものも証拠となります。
証拠としての価値を高めるために、業務の内容など具体的に記載しておくとよいでしょう。
集めた証拠を会社に提示して、未払い残業代の支払いを求めます。
もし、会社との交渉がうまくいかない場合には、労働基準監督署に相談するという方法もあります。
労働基準監督署が立ち入り調査を行い、違法性が認められる場合には、会社に対して未払い残業代を支払うように是正勧告が下される可能性がります。
ただし、是正勧告には強制力がなく、会社が支払いに応じないケースもあるので過度の期待は禁物です。
未払い残業代は債権にあたるので、民法および労働基準法で時効が定められています。従来の時効は2年でしたが、令和2年の法改正により5年に延長されました。
当面の間は、経過措置により時効は「3年」です(令和2年4月1日以前に支払日が到来しているものは2年)。
未払い残業代の支払いを請求するなら、時効が完成する前に行動しなければなりません。
会社に対する未払い残業代の支払の請求、すなわち催告をすることで、催告の意思表示が到達した時点から6か月間は、時効の完成が猶予されます。この催告は、請求したことを証拠に残すため、通常、内容証明郵便によってなされます。
ただし、これはあくまでも一時的な停止なので、時効を「更新」によってゼロにリセットさせるためには、この6か月の間に、会社に債務承認させたり、労働審判の申立てや裁判の提起をしたりといったアクションが必要です。
「証拠の集め方がわからない」「自分は名ばかり管理職ではないか」など、未払い残業代請求でお悩みの販売・サービス業の方は、まずは弁護士に相談しましょう。
弁護士なら、残業時間を証明する証拠集めについてアドバイスをしたり、会社に対して証拠の開示請求や証拠保全手続きをしたりといったサポートが可能です。
労働時間にあたるかどうか、名ばかり管理職かどうかなどの疑問についても、適切に解決できる可能性が高まります。変形労働時間制などの複雑な残業代も、労働基準法に基づいて請求するべき金額を計算できます。
また、代理人として会社と円滑に支払い交渉を進めることも可能です。
労働審判や裁判に移行したとしても、弁護士が引き続き対応することで有利な結果となる可能性が高くなります。
さらに、未払い残業代の請求に向けた対応を一任することで、時間や手間を節約できるだけでなく、精神的な負担も軽くなるでしょう。
販売・サービス業は、実際には労働時間とみなすべき業務が多く、サービス残業が多い業種です。サービス残業に対する残業代を求めることは、労働者の権利であり、業界の慣習に左右されるものではありません。
販売・サービス業で働いていて、未払い残業代があるのではないかと悩んでいる方、未払い残業代の計算や請求方法がわからない方は、未払い残業代請求の対応実績豊富なベリーベスト法律事務所にご相談ください。
ベリーベスト法律事務所は、北海道から沖縄まで展開する大規模法律事務所です。
残業代請求、不当解雇・退職勧奨、同一労働同一賃金、退職サポート、労働災害、労働条件・ハラスメントに関するトラブルなど、幅広く労働者のお悩み解決をサポートします。ぜひお気軽に お問い合わせください。
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