不動産業は、ほかの業種と比べると長時間労働やサービス残業が多い業種といわれています。一定時間の残業を固定残業代として支給する「みなし残業制」を採用している会社も多く、長時間労働をしているのに残業代が少ないことに悩んでいる方もいるでしょう。
みなし残業制であっても、固定残業時間を超えた残業については追加で残業代を受け取ることができます。また、サービス残業は断ることも可能です。
今回は、不動産業界の残業をテーマに、みなし残業制の概要やサービス残業との関係性、違法な残業を見分けるポイント、未払い残業代の請求方法などについて弁護士が解説します。
不動産業は、業種の特性からサービス残業が多く発生しがちです。
ここでは、不動産業のサービス残業の実態とサービス残業が多い背景について考察します。
少し古いデータになりますが、平成29年に株式会社パーソル総合研究所と中原淳氏(現・立教大学教授)が共同で行った「長時間労働に関する実態調査」によれば、「不動産業、物品賃貸業」に従事する人の月平均のサービス残業時間は11.54時間でした。「教育、学習支援業」に次いで2位の多さとなっています。
全業種の平均6.23時間と比較すると、不動産業はサービス残業の多い業種であることがわかります。
不動産業でサービス残業が多い背景には、次の2つの理由が考えられます。
① みなし残業制、歩合制を採用しているケースが多い
不動産業、特に営業職ではみなし残業制を採用しているケースが多く、固定残業時間を超えた残業時間に対して残業代が支払われないことがあります。
また、契約額などに応じて歩合給が加算される歩合制を採用しているケースも少なくありません。「残業代は歩合給に含まれている」と主張して、残業代を支払わない会社もあるようです。
② 顧客の都合に合わせなければならない
不動産業は、内覧や商談、契約など、実際に顧客に会わなければ進められない業務が大半です。勤務時間外でも顧客の都合に合わせて動く必要があるため、サービス残業が発生しやすいのでしょう。
お勤めの不動産会社がみなし残業(固定残業代制度)を導入している場合、長時間残業しても、「残業はすべてみなし残業に含まれているから」と、考えて残業代を気にしない方も少なくありません。
しかしながら、みなし残業時間を超えて残業していた場合、その分の残業代は受け取ることが可能です。
もしかしたら、気づかぬうちにサービス残業をしてしまっているかもしれません。
そこで、みなし残業とサービス残業とは具体的に、どのようなものをいうのか確認していきましょう。
みなし残業制は、一定の残業時間はあらかじめ働くものとみなし、その残業時間分の残業代を固定残業代として毎月支払う制度です。固定残業代制や定額残業代制などと呼ばれることもあります。
会社は、法定労働時間(1日8時間1週40時間)を超えて労働者を残業させる場合、労使間で36協定を締結しなくてはなりません。36協定により、月45時間までの残業が可能となります。
例外的に、臨時的で特別な事由がある場合には、36協定に特別条項を加えて年に6回まで残業時間の上限を延長することができます。その場合の上限時間は月100時間未満(休日労働含む)、年720時間以内、複数月平均80時間以内(休日労働含む)です。
ただし特別条項による延長は臨時的なものに限られるため、みなし残業の上限時間は45時間以内に設定する必要があります。
サービス残業とは、時間外労働や深夜労働、休日労働であるのに、適切に割増賃金(残業代)が支払われない残業のことをいいます。
労働基準法第37条は、会社が従業員に時間外労働や休日労働、深夜労働をさせた場合には割増賃金を支払わなければならないと定めています。
時間外労働をさせたにもかかわらず、割増賃金が支払われていない場合、違法となります。
さて、みなし残業制では、月の残業時間が、あらかじめ定められた固定残業時間を超えることがあります。その場合、固定残業時間を超えた時間について、会社は追加で残業代を支払わなければなりません。
しかし、会社は「みなし残業制なのでこれ以上の残業代は支払う必要がない」と主張することがあります。従業員もその主張が正しいと勘違いしてサービス残業をしていることもあるため、まずは自身の勤務状況と労働契約とを確認することが大切です。
また、不動産業界は顧客に合わせて対応する必要があり、土日でも顧客からの電話に出ることもあることなどから、勤務時間の管理が煩雑になりがちです。
なかには「契約書を整理する時間は残業ではない」「終業時間後の顧客対応は勤務時間ではない」などと言われ、強制的にサービス残業をさせられているケースもあるでしょう。
みなし残業制は、正しく運用されていなければ、長時間労働や残業代未払いの問題につながります。ここでは、みなし残業制が違法かどうかを見分けるポイントと、違法なみなし残業制への対処法を解説します。
みなし残業制が違法であるかどうかは、次の5つのポイントから判断できます。
前述のとおり、固定残業時間を超えた分の残業について、会社が残業代を支払わないことは労働基準法違反です。
厚生労働省はみなし残業制を採用する場合には、会社は従業員に対して次のことを明示しなければならないとしています。
つまり、「月給20万円に、みなし残業30時間分の残業代を含む」といった表記ではなく、「月給20万円に、みなし残業30時間分の残業代(〇万円)を含む」というように、みなし残業代とそれ以外の給与額が明確に分かれていなければなりません。
固定残業代が基本給に含まれている場合には、固定残業代を除いた基本給の額が低く設定されていることがあります。
時間当たりの賃金に換算した場合に最低賃金を下回っていれば、違法です。
固定残業時間は、36協定の上限である45時間以内に抑えられなければなりません。
特別条項を付ければ上限を延長できますが、特別条項を適用できるのは臨時的なケースに限定されます。
したがって、特別条項を根拠に毎月の固定残業時間が45時間を超える定めを置くことはできません。
労働契約を締結する際には、会社は従業員に対して賃金や労働時間、その他の労働条件を明示しなければならないとされています(労働基準法第15条第1項)。
みなし残業制も労働条件ですから、就業規則や雇用契約書等に規定がなければ労働基準法違反となります。
残業代の未払いなど不利益を受けている場合の対処法は以下の通りです。
経営者や上司と話し合い、みなし残業制に対する正しい理解や長時間労働の改善、超過時間に対する残業代の支払いを求めましょう。
サービス残業は違法なので、拒否をしても解雇理由とはなりません。
上司からのサービス残業の強制はパワハラにあたる可能性もあります。
また、解雇をすること自体に厳しい条件が設けられているため、解雇は簡単に行えるものではありません。
ただし、残業を命じる業務命令自体は、36協定の締結、就業規則等の規程、残業代の支払等がある限りは違法ではありませんので、残業の命令が出たとしても、それが違法なサービス残業の命令であるのかどうかはその場ではなかなか判断がつかないものと思われます。
そこで、残業を拒否するのは、単なる残業ではなく、サービス残業を命じられたことが明らかである場合のみにした方が無難です。
労働基準監督署への相談もひとつの方法です。
匿名で通報したい場合には、メールや電話を利用することができますが、直接訪問して相談したほうが効果的です。
通報を受けた労働基準監督署は、実態を把握するために立入調査を行い、長時間労働や残業代の未払いなどについて是正勧告をする場合があります。
しかし、是正勧告に強制力はなく、また、個別に未払いの残業代を求めるときは個人で会社と交渉していかなければなりません。
会社に対して未払い残業代を請求する手順を解説します。
まず、残業代が未払いであることを立証するための証拠を集めます。
雇用契約書や就業規則、給与明細、タイムカードなどが証拠になり得ます。
不動産業界の場合、実際の勤務時間を示す証拠として、顧客との通話記録やメールの送信記録なども有用と考えられます。
証拠をもとに未払い残業代を計算します。
未払い残業代を計算するためには、法定労働時間や法定休日労働、割増率など、労働基準法が定める残業代の計算方法についての知識が必要です。
証拠が集まり、未払い残業代の計算ができたら、配達証明付きの内容証明郵便を会社に送付します。
未払い残業代請求には時効がありますが、内容証明郵便の送付によって時効の完成を一旦(6か月間)ストップすることが可能です。未払い残業代の時効は、令和2年3月31日までに発生したものは2年、4月1日以降に発生したものは3年となります。
時効は「請求する」という意思を示した時点でストップするため、その文面の内容を日本郵便が証明してくれる「内容証明郵便」に、確実に配達したことを日本郵便が保証してくれる「配達証明」を付けて送ることが大切です。
会社に対して未払い残業代請求の意思が伝わったら、直接交渉をしてみてもいいでしょう。
会社が支払いを拒否する場合には、労働審判や労働訴訟の申立てを検討します。
労働審判を申立てた場合、労働審判の結果に納得できなければ、異議申立てをして、労働訴訟に移行します。
労働者側の主張が認められた場合、会社に対して残業代の支払いを命じる労働審判や判決が出て、または和解した場合には和解調書が作成されます。
これらは、財産を差し押さえるために必要な「債務名義」となるため、会社が支払いに応じない場合には、強制執行により会社の財産を差し押さえ、残業代を回収することが可能です。
未払い残業代を請求するなら早い段階で弁護士に相談しましょう。
弁護士は証拠集めについてアドバイスをするほか、会社に対して情報開示請求をする、未払い残業代の額を正確に計算することなどができます。
特に、不動産業界は先述の「みなし残業制」に加えて、「基本給+歩合給」「完全歩合制(フルコミッション)」などの形態で雇用契約を結んでいることが多い業界です。
このような雇用形態の場合、一般の方は残業代を正しく計算することが難しいといえます。
労働問題を豊富に扱う弁護士であれば、契約内容や実際の勤務状況などを細かく確認して、正しい残業代の金額を計算することが可能です。
会社の顧問弁護士が交渉の場に出てきても、弁護士なら対等に交渉することが可能です。
未払い残業代請求を理由に、退職勧奨やパワハラ、配置転換が起きたとしても、警告を与えることができます。
弁護士に相談すれば、心理的な負担や手間が大きく軽減され、円滑な問題解決につながるでしょう。
もし、労働審判や訴訟に移行したとしても、代理人として活動してくれるため、有利な結果を期待できます。
不動産業はサービス残業が多い業種ですが、サービス残業は違法であり、断ることも可能です。みなし残業制であっても、固定残業時間を超えた残業については、残業代を請求できます。
サービス残業で発生した未払い残業代を請求したい方、サービス残業の強制や不適切なみなし残業制についてお悩みの方は、労働問題の解決実績が豊富なベリーベスト法律事務所へぜひご相談ください。
ベリーベスト法律事務所は、北海道から沖縄まで展開する大規模法律事務所です。
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