労働者が会社に対して未払い残業代の支払いを求めて交渉を行う場合、裁判に至った際の労力やコストなどの負担を回避するために、会社側から和解を提案されるケースがあります。
このとき、労働者としては会社側からの和解の提案に応じるべきか、和解金の金額は妥当かどうか判断に迷うケースが多いでしょう。和解を拒否した場合にどうなるのかも気になるところです。
和解に応じることは労働者にとっても一定のメリットがあります。ただし、和解は当事者の合意によって強い効力が生じる契約なので、さまざまな事情を考慮したうえで慎重に判断することが大切です。
本コラムでは法律上の和解の定義や効力について説明したうえで、合意前に知っておきたい注意点を解説します。
最初に、法律上の和解の定義や効力について解説します。
和解には、「私法上の和解」と「裁判上の和解」があります。
私法上の和解とは
私法上の和解とは、当事者が互いに譲歩して、その間に存在する争いをやめることを約束する契約をいいます(民法第695条)。和解は、争いの目的となっている権利が実際に存在するか否かに関係なく、当事者双方の合意によって成立します。
和解が成立すると、和解の内容のとおりに、争いの目的である権利の存在または不存在が認められ、当事者はそれ以上争うことができなくなります。
未払い残業代の請求にかかる事案では、労働者が賃金債権(未払いの残業代を受け取る権利)を放棄する代わりに、相当額の和解金を受け取ることで和解が成立するケースが代表的です。
裁判上の和解とは
裁判上の和解とは、裁判所が関与する和解をいいます。裁判上の和解が成立すると、調書に記載された内容は確定判決と同一の効力を発揮します(民事訴訟法第267条)。
未払い残業代請求事案で労働審判や裁判に発展したケースでは、裁判所が当事者の主張を踏まえて和解案(労働審判の場合は調停案)を提示し、当事者双方が受け入れることで事件が解決する場合があります。
交渉での和解、すなわち私法上の和解が成立しなかった場合は、任意での交渉は決裂したことになります。
次に労働者として取り得る手段は労働審判や裁判になります。
労働審判における調停や裁判上の和解が成立しなかった場合は、裁判所が審判や判決を言い渡します。その内容に不服があれば異議申し立てや控訴によって再度争い、不服がなければ事件は終了します。
労働審判や裁判では労働者に有利な決定が下される可能性もありますが、そこに至るまでには多大な時間と労力、費用がかかります。
一方、任意の交渉段階で和解が成立すれば、こうした時間や労力、費用をかけずに済み、労働者の負担が軽減します。
会社側から和解を提案された場合は、合意する前に以下の注意点を確認しておきましょう。
和解をしたあとで和解の内容と異なる権利が存在する確証が生じても、原則として一度決めた事項を覆すことはできません。これを「和解の確定効」といいます(民法第696条)。
たとえば、あとになって未払い残業代の対象となる残業時間がもっと多いと判明した場合や、やはり和解には納得できないと感じた場合でも、和解交渉をし直すことは基本的にできないのです。
和解成立後にいつでも蒸し返しが可能であれば、法的安定性が失われ、紛争を解決するために行われる和解の意味がなくなってしまいます。
和解はそれだけ強力な効力を生じさせる契約だと理解する必要があります。
会社側が未払いの残業代請求に応じて過去の残業代を支払った場合、それは本来支払われるべき賃金があとで支払われたにすぎないため、給与所得として課税されます。
年末調整による対応が可能であれば会社が修正処理を行い、所得税が差し引かれた賃金が支払われるため、労働者が特に手続きする必要はありません。
一方、退職している場合を含め、年末調整の対象外となる方は自分で確定申告または修正申告を行う必要があります。
これと同じように、和解による解決金として支払われた金銭についても、実質的に未払いの残業代に相当すると認められる部分は給与所得として、遅延利息に相当する部分は雑所得として課税される場合があります。
したがって、税金を節約する目的で、未払いの残業代の代わりに和解金を支払ってもらおうといった考えはできません。
ただし、和解金の中にパワハラなどによる精神的苦痛に対する賠償金(慰謝料)が含まれている場合は、未払いの残業代との区別が明確な部分について非課税になります。
未払いの残業代請求事案で和解が成立する場合は、前提として労働者が自由な意思で賃金債権を放棄している必要があります。
と言いますのも、労働者に生活の基盤たる賃金を全額確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにするための賃金の全額払の原則との関係が問題となるからです。
もっとも、労働者が自由な意思で賃金債権を放棄していると言える場合には、この原則に反するものとは解されないと言えるので、和解も有効となるでしょう。
逆に言えば、「会社側から賃金債権の放棄を強要された場合」は、労働者が自由な意思で債権を放棄したとはいえないと判断され、和解が無効となり、再び賃金債権について争える可能性があります。
会社の強要だと証明するためには、会社側との交渉のやり取りを客観的な方法で残しておくことが大切です。たとえば交渉時の音声を録音しておく、やり取りや経緯を書面にしておくといった方法が考えられます。
和解案の内容や根拠について十分な説明がなかった、和解に応じるかどうか考える時間が十分に与えられなかったなどの事実も記録しておくとよいでしょう。
未払いの残業代請求事案で和解交渉を行う場合、和解金の額の目安や相場はあるのでしょうか?
和解金に目安や相場と呼べるものは存在しません。
そもそも、争いの目的である未払い残業代の金額は職種、労働者ごとに幅があります。
計算の基礎となる賃金や残業時間によって、残業代の計算結果は全く違います。それにともない、労働者が譲歩できる金額も大きく変わるでしょう。
また争いの目的が未払いの残業代だけなのか、不当解雇やパワハラなども含むのかによっても金額が変わる場合があります。
和解金の額は個別のケースで異なりますが、決定にあたり考慮されやすい要素はあります。
もっとも重視されるのは、裁判で認められる残業代の金額です。
裁判上の和解では、毎月の賃金やタイムカードなどの客観的証拠にもとづき計算した残業代がいくらなのかの見通しが示され、それを基準に和解金が決定するケースが多いでしょう。
ほかに、本来の支払い期日から遅れた日数に応じた遅延損害金を含めて決まる場合や、労働者の責任割合を考慮して決まる場合などもあります。
私法上の和解をする場合も、このような決め方を参考に交渉していくケースが多くあります。
ただし裁判手続きに発展した場合と比べて法的な主張や立証を尽くすのが難しいこと、裁判手続きの回避によって時間や労力、費用が削減されることなどから、裁判上の和解に比べて譲歩を求められる部分が大きくなる可能性もあります。
なお、未払いの残業代のほかにパワハラや嫌がらせなどについても同時に争う事案では、慰謝料を含めて和解金を求める場合があります。
どの程度の精神的苦痛を受けていたのか、証拠は確保できるのかなどは事案により判断するほかありません。
これにともない和解金の額がどう変わるのかなどの詳細は弁護士へ相談するのがよいでしょう。
会社側から和解金を提示されても、妥当な金額かどうか、和解に応じるべきか否かを個人で判断するのは困難です。会社側と残業時間の認識にずれがあり、交渉が難航するケースもあるでしょう。
この点、弁護士に相談すれば和解に応じるべきかどうかのアドバイスや、会社側との交渉の代理を依頼できます。
仮に和解が成立せず労働審判や裁判になった場合でも全面的なサポートを受けられます。
ベリーベスト法律事務所なら未払い残業代請求の相談費用が何度でも無料なので、まずはお気軽にご相談ください。
未払いの残業代請求事案では、早期に和解に応じることで、裁判にかかる時間や労力、費用を削減できます。
しかし、和解金の額に相場と呼べるものはなく、和解内容が自身に有利かどうかを個人で判断するのは難しいといえます。
会社から和解を提案されて合意するべきかお悩みの場合は、弁護士へ相談のうえ、個別の事情を踏まえてアドバイスをもらうのがよいでしょう。
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