トラック運送の業界は慢性的な長時間労働に悩まされているといわれています。
たとえば、厚生労働省が公開しているポータルサイトでは、大型トラック運転者の年間労働時間は全産業の平均を大幅に上回る2500時間超であることが指摘されているのです。
運送業では業務の特性から「みなし残業代制」を導入している会社が多いでしょう。しかし、支給されている残業代が実働より少ないと感じながらドライバーとして勤務している方は、少なくないのではないでしょうか。
本記事では、みなし残業とは何か、みなし残業が違法となるケース、運送業における残業時間の計算方法、未払い残業代がある場合の請求方法などを弁護士が解説します。
「みなし残業だから、どんなに働いても残業代は出ない」と会社側から説明を受け、「よくわからないが仕方がない」と諦めていませんか?
ここでは「みなし残業代制」の概要と「みなし残業代制」が運送業界で多用される理由について解説します。
みなし残業代制は、固定残業代制とも言われますが、具体的には、一定時間分の残業代については固定した金額を、あらかじめ給与の中に含めて支給したり、あるいは、残業代に代わる手当等を定額で支給したりする制度です。
たとえば「1か月の賃金30万円のうち8万円を40時間分の固定残業代として支払う」という内容の就業規則に従う場合、残業時間が月40時間までであれば30万円とは別に残業代は支払われないことになります。
運送業界ではみなし残業代制が多く採用されていますが、その背景には運送業特有の事情があります。
「残業代」は、残業時間に応じて支払われるものですが、残業時間に関わらず定額の残業代を賃金に含めて支払うというみなし残業代制は、直ちに労働基準法に反するというものではありません。
ただし、以下のように運用を誤ったケースでは違法と判断されることがあります。
みなし残業代制が適法と認められるには、基本給部分とみなし残業代部分を明確に区別できるものである必要があります。
OK:適法となり得る例
NG:違法となり得る例
残業代部分がいくらなのか、また、残業代部分によりカバーされる残業時間が何時間なのかが不明確であり、基本給と固定残業代が区別できない事例です。
残業時間を明確に示していても、固定残業代が不明であるため、基本給と区別できないという事例です。
月の平均の所定労働時間と支給された賃金額により計算される1時間当たりの賃金単価が最低賃金よりも低額であれば違法となりますので注意が必要です。
なお、最低賃金は都道府県によって異なります。
たとえば、「基本給30万円には、残業手当2万円(月40時間分)を含む」と規定されている場合、基本給と残業代が明確に区別されており問題ないようにも見えるかもしれません。しかし、残業手当の1時間分の金額を計算すると500円となり、これは最低賃金を下回ってしまうため、このようなみなし残業代制は違法でしょう。
平成31年に労働基準法の一部が改正されました。
これに伴い、原則として残業時間を、1か月45時間・1年360時間とする上限が定められました。
さらに、違反した場合の罰則も設けられました。
人手不足の著しい運送業については
令和6年3月末日まで適用が猶予されていましたが、令和6年4月から上記規定が適用されるようになりました。(特別条項付き36協定を締結する場合の年間の時間外労働の上限は年960時間となります)
すでにご説明したとおり、基本給と固定残業代が区別できないようなみなし残業代制は無効であり、固定残業代とされている賃金を支払っても、残業代を支払ったことにはなりません。
また、仮に基本給と固定残業代が区別できるようなみなし残業代制であったとしても、実際の労働時間に応じて算定された残業代が固定残業代として支給されている賃金額より多額の場合、会社側はその労働者に対して、固定残業代とは別に、固定残業代を超えた部分の残業代を支払わなくてはなりません。
このような場合に会社が「どんなに残業してもすべて固定残業代に含まれている」と考えて超過分の残業代を支払わないのは違法です。
したがって、基本給と固定残業代が区別できないようなみなし残業代制である場合はもちろん、あなたが実際に働いた時間が、あらかじめ規定されたみなし残業時間を上回った場合も未払い分の残業代を請求できる可能性がありますので、あなたが実際に働いた時間がみなし残業時間を超えていないかについても確認する必要があるでしょう。
未払いの残業代を会社に請求することは労働者として当然の権利です。
その前提として正確な労働時間と具体的な残業代を把握することが必要となります。
そこで「残業時間」のとらえ方と残業代の計算方法について解説します。
当然ながら、運搬中は労働時間です。それは渋滞が起こってしまい、予定よりも長い時間運転をすることになったケースでも変わりありません。
また、運送業の性質上、荷物の積み降ろしのために待機する時間(荷待ち時間)が少なからず発生します。会社側からみれば「休んでいる」ように見えても、対応の必要が生じたときには、すぐに対応しなければなりません。
個々のケースによりますが、「会社の指揮監督下にある」といえる状態にあれば、休憩時間ではなく労働時間にあたります。
したがって、未払い残業代の有無を確認するためにも、まずは実際の労働時間がどうだったのかという証拠を集めたうえで、実際の労働時間を確認する必要があるでしょう。
就業規則などにおいてみなし残業代制(固定残業代制)を導入している場合の基本的な計算式を例示します。
まず、1時間当たりの賃金単価を算出します。
次に、実際に労働した時間外労働50時間分について残業代を計算します。
このうち、6万8750円は固定残業代として既に支払われているので、8万5938円から6万8750円を引いた1万7188円については、未払いの状態になっているといえます。
以上の計算によって、該当月では所定賃金28万8750円とは別に1万7188円の残業代を請求できます。
未払い残業代があると判明した場合、どのようにして会社に請求すればよいでしょうか?請求の流れと注意すべき点について解説します。
① 残業代を計算し、内容証明を会社に送付
まず、就業規則やタイムカード等の資料に照らして正確な残業代を計算し、その金額を記載した請求書を作成し、内容証明を利用して会社に送付します。
相手方へ請求すること自体は、民法153条の「催告」にあたるため、一時的ですが残業代請求権の時効消滅を阻止することが可能です。
② 口頭より内容証明のほうが確実
なお、口頭での請求も可能です。
しかし、口頭でのやり取りの多くが「いつ、誰が、誰に、何を求めたか」という事実を証拠として残すことができません。
その点、配達証明付きの内容証明を用いて請求をすることによって、確実な催告の証拠を残すことができます。
したがって、まずは会社宛てに内容証明を送ってから、交渉を進めることをおすすめします。それでも、交渉が難航した場合には、労働審判や裁判で争うことになるでしょう。
① 証拠は請求する側が集めなくてはならない
残業代を請求するには、請求する側が残業時間を証明しなければなりません。
典型的な証拠はタイムカードですが、それ以外にもタコグラフや運航日誌、メールの履歴などが有力な証拠となり得ます。車載カメラの記録やアルコール検知記録も証拠として利用できるでしょう。
これらの記録は原則として残業代を請求するドライバー自身が集めることになります。
② 残業代請求には時効があることに注意
しかし、いくら資料が集まったとしても、過去にさかのぼれるだけさかのぼって請求ができるわけではありません。
残業代請求権の時効期間は、原則として権利を行使することができる時から3年です。
とはいえ、できる限りの証拠を集めたほうがよいでしょう。
会社との交渉を自力で進めようとする方もいらっしゃいますが、みなし残業代制を残業代支払い逃れのツールとして悪用する会社が、労働者と誠実に向き合う可能性は低いと言わざるを得ません。
しかも、法律知識の乏しい方どうしでの話し合いは感情論に終始してしまうおそれがあります。そうなってしまうと、最終的に受け取れるはずの残業代を諦めなくてはならないことにもなってしまうかもしれませんし、会社に居づらくなってしまう事態も考えられます。
このような失敗を避けるためにも、労働問題に詳しい弁護士に依頼するのが賢明といえるでしょう。
みなし残業代制を採用している会社でも、基本給と固定残業代が区別できないようなみなし残業代制の場合や、みなし残業代(固定残業代)が実際に残業した時間に応じて計算した残業代に満たない場合には、残業代を別途請求することが可能です。
もし未払いの残業代があるなら、時効を迎えて請求権を失う前に、速やかに証拠を集めて請求する必要があります。
ですが、ご自身での対応は非常に手間がかかり、難しいことも多いでしょう。
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