賃金(給与)は労働の対価です。仕事においては「やりがい」があるに越したことはありませんが、労働に見合った賃金が支払われていなければ、そもそも労働基準法違反です。それはもちろん残業代も当てはまります。残業をしたのに残業代を支払わない、いわゆるサービス残業は、労働基準法に違反する行為です。
では、「残業代の後払い」についてはどうでしょうか。 残業代を後で払うのであれば、違法ではないようにも思えます。ところが、やはり原則としては残業代の後払いも違法と評価されます。
今回は、残業代の後払いがどうして違法なのか、また後払いと言われつつも結局支払われなかった残業代を退職後に請求することはできるのか、その請求はどうやって行うのか、といった点について解説します。残業代の請求を考えている方は、参考にしてみてください。
「残業代は後で払う」と言いながらも先延ばしをして、結局支払われない…。
こうした不払い・未払い問題から労働者を保護するため、法律では残業代の後払いは原則許されないものと解されています。
労働基準法第24条では、賃金支払いに関する5原則が規定されています。
① 通貨払いの原則
賃金は日本国に流通する通貨で支払う。現物支給や外貨払いは禁止。
② 直接払いの原則
賃金は労働者に直接支払う。代理人など第三者を介する支払いは禁止。
③ 全額払いの原則
賃金は期間に応じ全額を支払う。法令や労使協定以外での控除は禁止。
④ 毎月1回以上払いの原則
賃金は1か月に1回以上の頻度で支払う。
⑤ 一定期日払いの原則
賃金は一定の期日を定めて支払う。不定期の支払いは禁止。
これらの原則によらない場合、例外的に許されるものを除けば違法となります。
残業代も法律上の賃金に当たるので、残業代の後払いは「全額払いの原則」や「毎月1回以上払いの原則」に反すると言えるでしょう。
後払いと称して、残業代を不払いとした場合は、労働基準法違反として罰則が科されます(労働基準法第37条)。
具体的には、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金です(労働基準法第119条第1号)。
単純な後払いだけではなく、下記のようなケースも違法となる可能性があります。
これらの支払い方は、賃金支払いの原則に反しており、認められません。
退職後でも、後払いや未払いとなった残業代の請求は可能です。
ただし、以下の注意点があります。
第1に、証拠の確保です。
たとえばタイムカードやパソコンのログインデータ、メールなど、在職中であれば入手しやすかったはずの証拠が退職後には入手しにくくなるため、在職中に確保しておくようにしましょう。
第2に、時効(消滅時効)です。
金銭の支払いを請求する権利があったとしても、何年間も放置すれば証拠が失われて調査は困難になります。そこで、労働基準法では退職手当を除く賃金の請求権について、2年間で時効によって消滅するものと定めています(労働基準法115条)。
つまり、会社が時効による消滅を主張してきた場合、2年より前の未払い分については、請求が認められないということです。
時効による消滅を阻止するには?
時効による消滅を阻止するには、会社に対する支払請求を行って時効による消滅を中断させる(民法153条)か、訴訟を提起する必要があります。
なお、支払請求により時効による消滅を中断した場合、6か月以内に訴訟提起などの一定の法的措置を採らなければ時効により消滅します。
なお、令和2年4月1日に施行予定の改正民法は、労働法にも影響があります。
現行民法における未払い賃金(債権)の時効は、短期消滅時効として1年間と定められていました。
しかし、改正民法では短期消滅時効は廃止され、債権に関する消滅時効は5年間に統一されます。
ここで、矛盾が生じることになります。
そもそも、労働基準法は労働者を守るための法律です。消滅時効期間に関しても、労働者保護を図るために民法よりも長く、前述のとおり2年間に設定されています。
しかし、改正民法が施行されると、民法に従った方が労働者を守るための法律である労働基準法に従うよりも労働者にとって有利な状況が生まれてしまいます。
現在、民法改正に応じて労働基準法の時効も延長する、という議論が出ています(2019年11月末時点)。今後の動向を注視する必要があるでしょう。
などがあります。
まず、後払いや未払いの残業代があることの証拠を集め、残業代を計算します。
そして算出した金額を請求書に記し、会社に請求した時期を明らかにするため、配達証明付の内容証明郵便で会社へ送付します。その後、会社と直接交渉を行うという流れです。
ただし、証拠集め・法的根拠に則った残業代の計算・会社との交渉など、全ての手続き自分で行う必要があるため、非常に手間も時間もかかってしまいます。
法的知識に乏しい方や、日々忙しく時間がとれない方、会社の人に面と向かって「残業代を払ってください」と言う勇気がない方には、自分で請求する方法は大きな負担となってしまいます。
また、自分で請求したとしても、「そもそも会社が話し合いに応じてくれない」「無視して払ってくれない」といったケースが少なくなくありません。
せっかく頑張った手間や時間が、無駄になってしまう可能性もあります。
労働基準監督署へ相談するというルートもあります。
相談すると、労働基準監督署は会社を調査し、是正勧告や指導を行います。
ただし、労働基準監督署は、あくまで「労働基準法に違反している事業所を、指導・是正する」役割を担っているだけであり、労働者個人の代理人として会社に対して残業代を請求したり、訴訟などを提起することまで対応してくれません。
また、労働基準監督署に相談したとしても、十分な「労働基準法違反の証拠」がないと動いてもらえません。動いてくれたとしても、労働者が行った残業に見合う残業代全額について指導や是正勧告を出してくれるとは限りません。
労働基準監督署は指導・是正することを目的としているため、会社が指導・是正に従う態度を示せば、労働者が行った残業に見合う残業代全額について支払わせる必要はないと考えることが一般的だからです。
「労働問題の相談といえば、労働基準監督署」と思われる方が非常に多いのですが、個人の労働問題に関しては、労働基準監督署に相談しても解決するとは限らないことを覚えておきましょう。
ただし、相談料は無料なので「まずは軽く相談してみたい」と思っている方は、解決の糸口として利用するのは良いでしょう。
労働基準監督署以外にも、労働条件相談ほっとライン・各都道府県の労働局など機関を利用する方法もあります。
他の機関について、詳しくは「相談窓口について解説したコラム」をご覧ください。
弁護士は労働基準監督署とは違い「個人の労働問題を解決する」ことを目的としています。
残業代請求にも、もちろん対応できます。
弁護士へ依頼すると、証拠集めのサポートから残業代の計算、請求書の送付、会社との交渉、そして労働審判や裁判所への訴訟提起まで、一括して対応を委ねられます。
残業代を請求できるかの判断、書類の準備から交渉に至るまで、すべてを弁護士に任せることができます。
弁護士と聞くと、「敷居が高い」「ちょっと相談しただけでも高額な費用を請求されそう」など、少し怖いイメージを持っている方もいらっしゃると思いますが、最近は無料相談を行っている法律事務所も増えていますし、契約しない限り高額な費用を請求されることはありませんので、安心してください。
まずは相談に行ってみることをおすすめします。
いずれの方法でも、残業代を請求するための証拠は必要不可欠です。
退職後は証拠を集めにくくなるため、在職中にそろえておくことが大切です。
また、請求対象には残業代のみならず、それと同額程度の付加金(不払いのペナルティー)および年利14.6%の遅延金も含まれます。これらも忘れずに請求しましょう。
後払いとされた残業代は、会社が自発的に払ってくれなければ労働者側から請求する必要があります。
ところが、残業代を支払ってくれないような会社は、そもそも労働者を過酷な労働条件下に置いていることも珍しくなく、疲弊した労働者は泣き寝入りしてしまうケースはあとを絶ちません。労働者と会社の対立では、基本的に会社が優位にあることが多いでしょう。
そのため、残業代を適切に請求するには、弁護士のサポートを受けることが重要です。
弁護士のサポートを受けるメリットとしては、主に4つ挙げられます。
弁護士に相談すると、残業代請求に際し、有利になるアドバイスを受けられます。
たとえば証拠集めに関するアドバイス、集めた証拠が有効か否かの判断、残業代の正しい金額の算出など、わかりにくい点をきちんと説明してもらえるだけではなく、資料準備をサポートしてもらえます。
弁護士が対応することで、会社側が交渉のテーブルに着く可能性が高まります。
残業代を支払わないような会社は、請求をしても対応さえしないということも少なくありません。
しかし弁護士が代理人となって対応すると、「弁護士が出てきた!これはちゃんと対応しなくては裁判を起こされるかもしれない!」というプレッシャーを与えることができます。
会社としても請求を無視することが難しくなり、交渉も前向きに進むことが期待できます。
弁護士は、依頼者の代理人として、会社と残業代の請求交渉を行ってくれます。
個人での交渉では、書類作成や資料集めも自ら行わねばなりません。また、個人が会社と対峙(たいじ)するのは、精神的・肉体的な負担が大きいものです。
弁護士が交渉を代行することで負担が減り、生活への影響を最小限に抑えることができるでしょう。
労働審判や訴訟になった場合も、依頼者の代理人になることができます。
交渉で決着が付かない場合、労働審判を申し立てたり訴訟を提起することになりますが、裁判で有利にことを運ぶには、法律や裁判例に通じている必要があります。
労働問題に関する知見の豊富な弁護士に依頼するのが最善と言えるでしょう。
今回は残業代の後払いの違法性と、残業代請求のポイントについてご説明しました。
残業代の後払いは、賃金支払いの5原則のうち、少なくとも「全額払いの原則」や「毎月1回以上払いの原則」に反しているため、基本的には認められないものです。
また、在職中に未払いだった残業代については、退職後ももちろん請求することが可能です。ただし、時効があるため、2年以内に請求を行うようにしなければなりません。
残業代請求においては、法的な知識が必要になる場面が多々あり、準備すべき書類も多岐にわたります。そのため、弁護士に依頼をするのが得策です。
残業代の後払いや不払いでお悩みの方は、ぜひベリーベスト法律事務所にご相談ください。
ベリーベスト法律事務所は、北海道から沖縄まで展開する大規模法律事務所です。
残業代請求、不当解雇・退職勧奨、同一労働同一賃金、退職サポート、労働災害、労働条件・ハラスメントに関するトラブルなど、幅広く労働者のお悩み解決をサポートします。ぜひお気軽に お問い合わせください。
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