インターネットなどを用いて労働法の一般的な知識を得られる時代だからこそ、あいまいな情報に惑わされてしまうことがあります。
近年では「中小企業には猶予措置があるため残業代の支給が免除されている」といった間違ったうわさもあるようです。企業が従業員に対して残業代を支給することは法律上の義務です。企業規模による区別はありません。
では、よく耳にする「中小企業の猶予措置」とは一体どのようなものなのでしょうか。この記事では、中小企業の定義やよくある未払いの理由にも触れつつ、中小企業における残業代の規定や猶予措置について解説していきます。
※なお、この記事において「残業」とは、労働基準法第32条の定める時間を超えて労働することを意味するものとします。
企業が残業代を支払わなければならないという根拠は、労働基準法第37条にあります。
条文の中で「使用者」とありますが、これは、事業主、経営担当者など事業主のために行為をする「すべての者」を指しています(労働基準法第10条)。
したがって、残業代の支給について企業規模は一切関係がなく、大企業だろうと中小企業だろうと、残業代の支払を免除されることはありません。
また、「第三十三条又は前条第一項の規定」とは、災害などによって臨時の必要がある場合(労働基準法第33条)と、労使協定を行政官庁に届け出た場合には、時間外労働、休日労働ができることを示した条文(労働基準法第36条、いわゆる「36協定」)です。
労働基準法では1日8時間、1週40時間を超えた労働を原則として禁止していますので、この例外にあたる条文になります。
条文の中の「政令で定める率」は、現状では次のとおりです。
つまり、企業規模にかかわらず、中小企業に勤めている方も、残業をすると2割5分増しの残業代を受け取ることができることになります。
たとえば月給を時給換算すると2000円になる方が残業をすると、1時間あたり2500円の賃金を請求することができるのです。
もっとも、上記の率は最低限度を定めたものですので、2割5分を超えた割増率で残業代が支払われる分には問題ありません。
労働基準法第37条1項では、ただし書きとして次のように述べています。
これは、1ヶ月に60時間を超えた残業については、割増率が2割5分以上ではなく、5割以上になるという意味です。
たとえば時給2000円の方が月に60時間を超えて残業すると、60時間を超えた分の残業代は1時間につき3000円で計算されることになります。
ここで規定されている残業代の5割増しについて、中小企業(条文上は「中小事業主」)は労働基準法第138条の規定により猶予されています。
現時点(令和元年11月時点)では、月に60時間を超えた分の残業代が5割増しとなっていなくても、違法ではありません。
ただし、ひとつ注意点があります。
中小企業に適用される猶予規定は、あくまでも月に60時間を超えた残業の5割増しにかかる規定です。残業代そのものの支払が猶予されるという意味ではありません。
したがって、月に60時間以下の残業に対し、令和元年現在で2割5分以上の割増賃金が支払われなければ違法となりますし、60時間を超えた残業に対しても、2割5分以上の割増賃金が支払われなければ違法となります。
なお、上記の猶予規定は、働き方改革関連法令の成立によって「令和5年(2023年)4月1日」から廃止となることが決まっています。
それ以降は中小企業に勤務されている方でも、月60時間を超えた残業に5割以上の割増率が適用されるということです。
そもそも「中小企業」とはどの程度の規模の企業を指すのでしょうか。
「100人も従業員がいれば大企業だろう」と考える方がいるでしょうし、「いやいやその規模なら中小企業だろう」と言う方もいるかもしれません。
中小企業の定義は、一般論ではなく、法律で確認することができます。
中小企業基本法第2条では、中小企業者の範囲を業種ごとに分け、以下のように資本金あるいは従業員数を設定しています。
コンプライアンスの意識が高い中小企業は多くあるものの、中には悪質な企業も存在します。そのような悪質な企業は、次のような理由をつけて残業代の支払を拒むのです。
残業代を支払わないと約束した個別の労働契約の存在を主張し、残業代の支払を拒むケースです。労働基準法で定める基準に到達しない条件で労働契約を結んでも、到達しない部分は無効となります。そして無効となった部分は労働基準法の規定が適用されます(労働基準法第13条)。
すなわち「残業代は払わない」との約束は無効であり、企業は残業代を支払わなければなりません。
みなし残業代やと固定残業代を支払っていることを理由に支払を拒むケースです。
みなし残業代や固定残業代とは、基本給や手当て等の中に、予定される残業時間に応じた残業代を含めて支給するというものです。
しかしこれは「いくら残業をしても残業代を支払う必要がない」というわけではなく、予定した時間を超えた分の残業代は、当然に支払う必要があります。
管理職であることを理由に残業代を支払わないケースです。
たしかに労働基準法には労働時間や休憩、休日の規定は管理監督者に適用しないとの定めがあります(労働基準法第41条2号)。
しかし、管理監督者は経営者と一体的な立場にある者を指し、これに該当するかどうかは役職の名称ではなく実態に即して判断されます。
有名なのは「日本マクドナルド事件」です(東京地方裁判所 平成20年1月28日判決)。
「マクドナルドの店長が裁判で、労働基準法が定める管理監督者と認められなかった」という事件を発端に、いわゆる「名ばかり管理職」が社会問題となりました。
実際に、企業のこのような主張が覆るケースは多々あります。
管理職の残業代については、こちらのコラムで詳しく解説しています。併せてご覧ください。
企業からの指示ではない残業に対して残業代を支払う必要はないとの主張です。
しかし、重要なのは、残業代を支払うべき「労働時間」とは、使用者の指揮命令下で労働力を提供した時間をいい、使用者の指揮命令は明示的なものだけでなく、黙示的なものでも足りるとされています。
たとえば、上司が残業をしている従業員を見て見ぬふりをしていたとして、使用者の指揮命令に基づく残業であるされる可能性もあります。
タイムカードに残業の記録が残っているにも関わらず残業をしないよう命じなかったような場合も、黙示的な指示があったとして残業代を請求できることが多いでしょう。
中小企業の場合は設備や人的資源の問題もあり、大企業に比べてどうしても労務管理が徹底されにくい側面があります。
一般的に広く浸透しているタイムカードや勤怠管理システムさえも導入されていない企業はまだまだ存在するため、残業の証拠を確保することも簡単ではありません。
また、残念ながら労働基準法等の法律を正しく理解していない経営者はいますので、不当な扱いを受けるリスクもあります。
こうした事情から、中小企業に対する残業代請求は弁護士に依頼することをおすすめします。
弁護士に相談すればタイムカードなどの明確な証拠がない場合でも、代わりとなる証拠は何か、どのように収集するべきかといったアドバイスを受けられます。
また、弁護士は法律への理解が深く、交渉にも慣れていますので、法律上の観点から的確な主張を行い、企業との間に立って交渉を進めることができます。
弁護士が代理人となると相手方へ心理的なプレッシャーを与えることになり、裁判にならなくとも早い段階で請求に応じることはよくありますので、ぜひ一度相談してみましょう。
残業代は法律にしたがい、確実に支払われるべきものです。中小企業については例外的に月60時間を超えた残業の割増率について猶予措置がありますが、すでに廃止が決まっています。
残念ながら、中小企業の中には法律を間違って解釈し、あるいは悪用する企業もありますので、残業代に関して疑問に感じた点があれば弁護士へ相談しましょう。
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