2020年4月から民法改正の影響を受けて労働基準法の内容も見直され、未払い残業代の消滅時効期間が2年から3年に延長されることになりました。
企業で働いている方にとって、自分にも未払い残業代が発生しているのか、その際には請求できるのかと気になるのではないでしょうか。
この記事では、未払い残業代の時効延長に関する基本事項に加えて、残業代の計算方法や請求方法を弁護士がわかりやすく解説します。未払い残業代が発生している可能性がある方は、ぜひご一読ください。
はじめに、未払い残業代の消滅時効期間の延長について、基本的な事項を確認しておきましょう。
労働基準法の一部を改正する法律(以下「改正法」といいます。)が、令和2年3月31日に公布されました。改正法による改正前の労働基準法第115条では、退職手当を除く賃金の消滅時効期間は2年間と定められていました。
もともと民法では、金銭の支払いを求める請求権(債権)は10年間で消滅し、雇用契約に基づく賃金の請求権は1年間の短期消滅時効が定められていました。
しかし、労働者にとって重要な債権の消滅時効期間が1年ではその保護に欠けること、一方、10年では使用者に酷に過ぎ、取引安全に及ぼす影響も少なくないことを踏まえ、労働基準法によって賃金債権の時効は2年間とされました。
今回の民法改正により、労働基準法第115条が設けられる際にその根拠となった1年間の短期消滅時効が廃止されるとともに、一般債権の消滅時効については、
に時効によって消滅するとされました。
これに伴い、労働基準法の賃金請求権の時効も見直されることになりました。
当初は、労働基準法における賃金請求権の時効についても、民法にあわせて5年間にするべきだという検討がなされていました。
その後、令和元年12月27日に開かれた労働政策審議会の労働条件分科会において、賃金請求権については、改正民法の一般債権の消滅時効期間とのバランスを踏まえて5年とされましたが、当面の間は3年間とするという方針が決定しました。
これは、賃金請求権について直ちに長期間の消滅時効期間を定めることは、労使の権利関係を不安定化するおそれがあり、紛争の早期解決・未然防止という賃金請求権の消滅時効が果たす役割への影響等も踏まえて慎重に検討する必要があるとの理由からでした。
結果的に、労働者を守るためにある労働基準法の期間のほうが、民法で定める期間よりも短くなっています。この状態には問題があるという意見も根強く、令和7年に改めて議論がなされることとなっています。
改正法は令和2年4月1日に施行されましたが、それ以前に発生した賃金請求権についても3年間の時効期間が適用されるわけではない点に注意が必要です。
新しい消滅時効期間が適用されるのは、令和2年4月1日以降に支払期日が到来する賃金の請求権になります。令和2年4月の段階で3年間分を請求できるわけではありません。
「残業をしたが、その分の報酬が支払われていない」という状態にあるすべての人が、未払い残業代を請求できるわけではありません。
裁量労働制や管理監督者の場合は要注意
裁量労働制を適用し、みなし労働時間を8時間以内とした場合や労働基準法上の管理監督者に該当する場合など、雇用形態によっては、残業代を請求することができないケースがあります。
ただし、裁量労働制が適法となる要件は厳格であり、また、労働基準法上の管理監督者がどうかの判断も容易ではないため、これらの雇用形態に該当すると思われる場合であっても、本当に残業代が請求できないのか、一度弁護士に相談されることをお勧めします。
賃金の未払い状態が発生したあとに何もしないで放っておくと、これまでは2年、改正後の労働基準法に基づけば3年で時効消滅となり、請求権が消えてしまうこととなります。
まずはこの時効までのカウントダウンを止めたいところですが、その方法はあるのでしょうか。
一般的なのは、会社側に対して配達証明付きの内容証明郵便を送付する方法です。
これは「催告」と呼ばれる手続で、催告があったときは、その時から6か月を経過するまでの間は、時効は完成しないことになります(完成猶予)。
催告だけで完全に時効をストップすることはできませんが、催告後6か月以内に裁判上の請求などの手続を行い、確定判決等によって権利が確定した時は、これまで進んできた期間はなかったことになり、新たに消滅時効期間が進行し始めることになります(更新)。
催告によって得た6か月の間に、裁判準備や話し合いを進めていくのです。
もう一つは、未払い残業代を会社に「承認」してもらう方法です。
たとえば会社が「後日支払うので待ってほしい」など未払い残業代の存在を認めた上で交渉をしてきた場合や、未払い残業代の一部を支払った場合などが承認にあたります。
承認があったときは、上記の確定判決によって権利が確定した時と同様に、これまで進んできた期間はなかったことになり、その時から新たに消滅時効期間が進行し始めることになります。
未払い残業代がいくらあるのかを計算する方法をご紹介します。
基本となる計算式
1時間あたりの賃金額
いわゆる時給のことで、以下の通りで算出できます。
しかし、以下の項目は「算定基礎賃金」に含まれませんので、注意が必要です(労働基準法施行規則第21条)。
ただし、ある手当の名称が上記のようなものであっても、実態が名称にそぐわない場合には、算定基礎賃金に含まれる可能性があります。
労働時間数
「労働時間数」は、実際に働いた時間ではなく、雇用契約で定めた所定労働時間で計算します。月によって所定労働時間がさまざまである場合、1年間を平均して、1か月あたりの平均所定労働時間を求めます。
割増率
割増率の最低基準は次のように定められています(労働基準法第37条)。
「法外残業」と「法内残業」の違い
時間外割増の対象となるのは、1日8時間、1週間40時間を超えた部分の労働です。これを「法外残業」と呼びます。
その日の労働時間が8時間に達しない部分の残業は「法内残業」と呼ばれ、労働基準法が定める時間外割増の対象にはなりません。
また、一定の条件を満たす企業では、法外残業が月60時間を超えると、その超過分については割増率が50%となります。
休日割増
休日割増の対象となるのは、就業規則で定められた「法定休日」の労働のみです。
労働基準法第35条では、会社は週に少なくとも1日の休日を与えなければならないと定められています。
したがって、実際には土日祝日が休みだったとしても、就業規則で「日曜日を法定休日とする」旨の定めがあれば、土曜日の出勤には休日割増が適用されず、法内残業または法外残業として計算されます。
深夜割増
深夜割増は、22時から翌日5時までの労働が対象となります。
この時間帯に法外残業や法定休日の出勤を行っていた場合は、前述の割増分が上乗せされます。
残業時間数
タイムカードなどの資料をもとに実際の残業時間を確認しましょう。
一般的な金額は上記の方法で算出することが可能ですが、残業代の計算方法は会社の規定や本人の働き方によって変わってきます。
たとえば、1か月単位の変形労働時間制などの特殊な契約形態が採られている場合などは、異なる計算をする必要があります。
上記の方法では大まかな金額しか算出できないため、実際の未払い残業代の額を正確に知りたい場合は弁護士に相談することをお勧めします。
未払い残業代の請求方法や、請求の際に必要となる証拠品について解説します。
未払い残業代の存在を証明する書類として、タイムカードやコンピューター上の労働時間のデータ、業務日報などや、その他就業規則、雇用契約書、残業中の業務内容がわかる書類などが必要になります。
会社側に話し合いの意思があれば、直接交渉によって早期解決を図ることが可能です。
トラブルが予想される場合や直接請求しづらい場合、あるいは退職後には、内容証明郵便を送って催告します。
労働基準監督署の役割
労働基準法違反を取り締まる労働基準監督官には、臨検、書類提出要求、尋問などの権限が与えられるとともに、労働基準法違反の罪については、刑事訴訟法が規定する司法警察間の職務を行うものとされています。
このように労働基準監督署による監督行政は、刑罰権を背景として行われることから、残業代の未払いの案件については、監督行政が有効に機能することが多いです。
したがって、残業代の未払いについて、労働基準監督署を利用することが考えられます。
労働基準監督署の対応には限界がある
しかし、指導や是正勧告が出されても、使用者が従わない場合、労働基準監督署による対応がそこで終わってしまうことも少なくなく、また、仮に刑罰権が発動された場合でも、労働基準監督署が労働者に代わって未払い残業代を取り立ててくれるわけではないなどの限界があります。
労働審判は労働者と使用者との間で発生した個別労働関係の紛争に対し、労働審判官1名と労働審判員2名が審理する手続で、原則として3回以内の期日で審理を終結しなければならないものとされており、通常裁判よりも短期で問題の解決を目指すことができます。
労働審判の結果、審判が出されると、審判は通常訴訟における確定判決と同様の効力を持つことになり、これにより強制執行が可能となります。
しかし、会社側から2週間以内に異議が出される場合には、労働審判はその効力を失います。そして、適法な異議の申立てがあったときは、労働審判に係る請求は、労働審判の申立て時点で、地方裁判所に訴えの提起があったものとみなされ、通常の裁判へと移行します。
労働審判で異議申立てがあった場合や争点が複雑で労働審判になじまない場合などには、裁判所に訴えを起こします。
会社側が残業代の支払い命令に従わない場合は強制執行をすることもできます。
個人で裁判を起こしても、特に争点が複雑な場合などはスムーズに請求を進めるのが難しいケースも多いため、弁護士に依頼するのが賢明です。
賃金請求権の時効が延長されたことで、身に覚えがあり「自分の未払い残業代はいくらあるのか?」と確認される方も多いのではないでしょうか。
しかし、残業代の計算方法は複雑であり、雇用形態や労働条件に応じて正確な数字を出すことは簡単ではありません。さらに、そこから会社に請求するまでの手続には、さまざまな証拠や書類の準備なども必要となります。
未払いの残業代についてお悩みの方は、労働問題の解決実績が豊富なベリーベスト法律事務所へご相談ください。
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ベリーベスト法律事務所は、北海道から沖縄まで展開する大規模法律事務所です。
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