働き方改革の目標として政府が掲げている長時間労働の是正を実現するために、使用者(雇い主、つまり会社のことを意味します)には、これまで以上に労働時間の正確な把握が求められるようになりました。
そして、厚生労働省は、平成29年1月20日に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を公表し、その中で、使用者が自ら現認することにより確認するか、または、タイムカードやICカード等客観的な記録に基づいて労働時間を把握することが原則的な方法である旨定めています。
そのため、働き方改革に伴って、タイムカードの重要性が再認識され、新たにタイムカードを導入する会社もあるかと思います。タイムカードは労働時間の正確な把握に役立つツールであるため、長時間労働を是正する役割を持つと同時に、労働者が残業代を請求するときにも重要な証拠となってきます。
もっとも、タイムカードが導入されていないという会社もあるでしょう。そこで、今回は、タイムカードがある場合、またはタイムカードがない場合に、どのように残業代を請求すべきかついて解説します。
労働時間を把握する手段としてタイムカードを用いることがありますが、タイムカードに記載された時間が労働時間そのものであると考えてよいのでしょうか。
タイムカードは、通常、出退勤時に打刻しますが、打刻後すぐに勤務を開始するとは限りませんし、業務終了後直ちに打刻しているとも限りません。
そのため、タイムカードに記載されている時間は、出退勤の時間、つまり、会社に滞在した時間ということになります。そして、会社に滞在した時間と労働時間が必ずしも一致するわけではありません。
労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下にある時間を指します。
そして、指揮命令下に置かれていたか否かを判断する際には、一般に上司から明示的又は黙示的に指示を受けていたか、業務に従事していたといえるか、場所や時間的に拘束されていたか等が考慮されます。
例えば、通勤ラッシュを避けるために早めに出勤し、業務を開始するまでの時間や業務終了後に直ちに退社せずに雑談などをして会社に滞在した時間等は、使用者の指揮命令下にないので、労働時間に該当しません。
労働時間に該当しないのであれば、使用者にはそのような時間まで残業代を支払うべき義務も生じません。
とはいえ、裁判所は、基本的には、会社に滞在した時間は、そのまま労働者が使用者の指揮命令の下で仕事をしていた時間(労働時間)だと考えますので、タイムカードに記載された時間から、就業規則等に記載されている休憩時間を差し引いた時間が、労働時間であると認定するのが一般的です。
そのため、タイムカードに記載されている時間が労働時間であるとの労働者の主張に対して、使用者は指揮命令下になかったことなどを反論することになります。
もっとも、タイムカードに記載されている時間が週40時間以内に収まるように打刻するよう使用者に命令されて、その命令に従って打刻していた場合等、タイムカードに記載された時間が実際の労働時間と一致しない場合もあります。
その場合には、タイムカードに記載された時間に基づいて残業代を請求するのではなく、その他の証拠を用いて残業代を請求することもできます。
その他の証拠としては、まず残業申請書や残業命令書が考えられます。
これらの文書に実際に残業に要した時間が記載されていれば、当該時間中、上司からの明示的な指示を受けていたことや、業務に従事していたことを裏付けることができ、当該時間は労働時間であったと認定される可能性が高くなります。
したがって、残業代の請求の際に、残業に要した時間が記載された残業申請書や残業命令書が存在するのであれば、タイムカードに記載された時間と異なる時間であっても、労働時間であることを立証する際の有力な証拠となる可能性があります。
残業に要した時間が記載された残業申請書や残業命令書がない場合には、メールも残業代を請求するときの一つの証拠として考えられますが、指揮命令下にあったことを立証できるかどうかはメールの内容にもよります。
タイムカードに記載された時間が労働時間であるとの主張に対して、使用者がその労働時間に基づいて算出される残業代を支払わなくていいと反論することがあります。
使用者の反論として、「管理職だから残業代を支払う必要はない」という主張が考えられます。労働基準法41条2号は、管理監督者には労働時間等に関する規定を適用しないと定めています。
したがって、管理監督者に該当する労働者に対して使用者は残業代を支払う必要はありません(もっとも管理監督者であっても深夜割増賃金は支払わなくてはなりません)。
ただ、世間一般的に管理職といわれる地位に置かれている労働者が全て労働基準法41条2号の管理監督者に該当するわけではありません。
管理監督者に該当するかどうかは、実態に即して判断されます。
具体的には、職務の内容、権限及び責任の重要性、勤務態様、賃金等の待遇といった要素を考慮して判断されます。
自分が管理職のような肩書きを与えられているからといって、直ちに労働基準法上の管理監督者に該当し、残業代が支払われないという結論に至るわけではありません。
例えば、店長としての肩書きを与えられていたとしても、エリアマネージャー等の上司がいて、その者の指揮命令下にあるような場合には、管理監督者とはいえないとして残業代が支払われる可能性があります。
詳しくは弁護士に相談することをおすすめします。
労働者の中には、使用者との間でみなし残業代(固定残業代)の約定を締結している方がいます。
例えば、給与の中に既に○時間分の残業代を含めるという約定を締結しているような場合です。
このような場合、1日8時間を超えた労働時間や週40時間を超えた労働時間であっても、超えた時間が○時間内に収まるのであれば、既に残業代は支払われているという扱いになるので、使用者は労働者に対して別途残業代を支払う必要がありません。
そのため、みなし残業代(固定残業代)の約定が締結されていれば、使用者はこの点を反論してきます。
もっとも、みなし残業代(固定残業代)の約定がされているとしても、基本給の部分とみなし残業代の部分が明確に区別できない場合には、労働者自身が残業代を計算することができず、残業代の未払いがあるか否かを判断できません。
そのため、そのような約定は無効となり、使用者は支払った賃金とは別に残業代を支払わなければなりません。
また、約定された時間を超えて労働をした場合にも、やはり使用者に超えた部分の労働に対する残業代の支払い義務が生じます。
業種によっては労働のあり方も様々なため、出退勤時間が毎日同一でないという会社もあることでしょう。
特殊な労働時間制を使用者が採用している場合には、使用者からそのことを理由に残業代を支払う必要がないと反論されることがあります。
特殊な労働時間制としては、裁量労働制、変形労働制、事業場外みなし労働時間制等があります。
厚生労働省のホームページでは、
と記載されています。
もっとも、これらの反論が認められる要件というものがあるので、例えば労働契約書に上記のような特殊な労働時間制が記載されているからといって残業代の請求をあきらめる必要はありません。
これについても詳しくは弁護士に相談することをおすすめします。
そもそも会社にタイムカードが設置されていない場合もあります。
ただ、タイムカードの設置自体は、法律上求められるものではありません。
使用者に課せられている義務は、あくまでも労働者の労働時間の把握や管理であり、その方法がタイムカードである必要はありません。
なお、このような義務は労働安全衛生法66条の8の3及び同規則52条の7の3に明確に定められています。
たとえば、業務日報やWEBの出退勤の記録でも、客観的な方法その他適切な方法で管理できるのであれば問題はありません。
ところが、中には時間外労働を行っている時間を意図的に把握していない使用者もいます。
病気が発見されない限り検査は受けない、と身体の不調から目をそらす人がいるように、残業があるという実態を知りながら、その時間さえ把握しなければ支払うべき義務も発生しない、という理屈かと思われます。
もちろん、そのような理屈は通りません。
使用者が労働者の労働時間の状況を把握していないのであれば違法です(労働安全衛生法66条8の3)。
例えば、国は、平成29年1月20日に、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を公表しています。
使用者が、労働者の労働時間の状況を把握していないのであれば違法ですので、労働基準監督署などに相談して、指導・是正勧告を出してもらいましょう。
もっとも、労働基準監督署などに相談したところで、使用者が労働時間の状況を把握しようとしない限り、依然として実際に働いた時間外労働分の残業代を請求する材料がないということになりかねません。
そこで、タイムカードのように会社の協力なくては活用できない方法ではなく、労働者自身で自分の働いた時間を証明するための客観的な証拠を確保しておきましょう。
例えば、業務日誌のコピーを取っておくといったことが考えられます。
使用者に対して残業代を請求するには、その前提となる「時間外労働を行った事実」を証明する必要があります。そのためには、労働時間を証拠として残さなければなりません。
タイムカードは会社に滞在した時間を記載しているにすぎませんが、裁判ではまずタイムカードに記載された時間が労働時間であるとの推定が働き、これに対する使用者の反論が認められない限り、タイムカードに記載された時間どおりの労働時間が認定されます。
そのため、タイムカードは残業代請求において重要な証拠となりますので、タイムカードがあるのであれば、その写真を撮るなどしておくといいでしょう。
タイムカードがある場合でも、他にも業務日報やメールの履歴、GPSの履歴、パソコンのログインログアウトの記録、SNSなどのほか、監視カメラなどのように、客観的に労働時間を示せる証拠は保存しておくことが重要となります。
残業代の請求方法としては大きく分けて3つあります。
今回は、タイムカードの有用性、労働時間の認定、考えられる使用者からの反論などについてご説明しました。
タイムカードは、あくまでも会社に滞在した時間を示すものですが、労働時間を証明するための有力な証拠の1つなので、タイムカードを記録として保存しておくことが重要であることは覚えておきましょう。
タイムカードが設置されていなくても違法ではありませんが、勤怠管理が行われていない場合は違法となります。
そして、タイムカードの他に労働時間を証明する証拠があれば、時間外労働に対する未払い残業代を回収できる可能性があります。
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