業界に関わらず、元請けと下請け・協力会社との間という関係では上下の力関係が生まれ、十分な協議が行われないまま取引価格が決定されたり、無償対応を求められたりする問題が長年ありました。特に近年は、資材価格や人件費の高騰が続いているにもかかわらず、適正な価格転嫁ができず、受託側の経営を圧迫しているケースも少なくありません。
このような状況を是正するため、下請代金支払遅延等防止法(下請法)が改正され、令和8年1月「中小受託取引適正化法(取適法)」が施行されました。取適法では、法律の名称変更にとどまらず、従来よりも広い取引を規制対象とするための基準見直しや、協議を行わずに一方的に代金額を決定する行為の禁止、行政による面的執行の強化など受託事業者を保護するための重要な制度が新たに盛り込まれています。
この法改正により建設業の取引実務にも少し影響が生じますので、関係する事業者の方はしっかりと対策を進めていきましょう。今回は、取適法改正の概要と建設業への影響を整理したうえで、受託側が改正後に見直すべき実務上のポイントや今すぐ取り組むべき7つの対応策について弁護士が解説します。
取適法改正を正しく理解するためには、まずは、どのような法律で、なぜ改正されたのかを押さえておくことが重要です。以下では、取適法の概要と法改正に至った背景・目的について説明します。
中小受託取引適正化法(取適法)とは、これまで「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」として運用されてきた法律を改正し、名称および内容を見直したものです。
取適法は、令和8年1月から施行されており、従来の下請法に比べて、適用対象や規制内容が大幅に拡充されています。
今回の改正では、単なる名称変更ではなく、「下請け」という形式的な区分ではなく、実態として取引上弱い立場に置かれやすい中小の受託事業者を広く保護するという考え方が明確に打ち出されました。
その結果、これまで下請法の適用外とされていた取引についても、取適法の規制対象となる可能性があります。
下請法が取適法と改正された背景には、元請けと下請け・協力会社との間に明確な力関係が存在しやすいという背景があります。
このような力関係の存在は、受託事業者の経営を不安定にするだけでなく、さまざまな業界の人材不足や品質低下を招く要因にもなります。
そこで、従来の下請法では対応が不十分だった点を見直し、協議を重視した適正な取引環境を整備する目的で、取適法への改正が行われました。
取適法は、受託側に一方的な負担を強いる取引を是正し、対等な立場での協議と適正価格の実現を後押しする法律である点が大きな特徴です。
取適法への改正によって、これまで「仕方がない」「業界の慣習だから」と受け入れてきた取引条件が、実は取適法上問題となる可能性もあります。
もし心当たりがある場合は、契約内容や取引条件を改めて確認し、必要に応じて委託側へ是正を求めることが重要です。
建設工事そのもの(建設請負)は、依然として建設業法の規律を受けます。
一方で、取適法が適用されるのは、設計図面作成、材料の製造、交通整理や警備、資材製造といった建設工事に付随・関連する業務を外部に委託する場合です。
これらの取引を行っている場合は、取適法の対象ですので、きちんと対処していきましょう。
取適法改正の大きな特徴のひとつが、適用対象を判断する基準として「従業員数基準」が新設された点です。
従来の下請法では、主に資本金額を基準として適用対象が決められていましたが、この基準では実態に合わないケースが多いと指摘されてきました。
たとえば、
といった場合、従来の基準では不公平が生じていました。
取適法では、こうした問題を是正するため、資本金だけでなく従業員数も考慮して適用対象を判断する仕組みが導入されています。
その結果、これまで下請法の対象外だった取引についても、取適法の規制が及ぶ可能性があります。
受託側としては、「これまで対象外だったから関係ない」と考えず、自社と取引先の規模関係を改めて整理することが重要です。
取適法改正では、委託事業者(元請け)に対する禁止事項が追加・明確化されました。
実務に特に影響が大きいのが、以下の2点です。
取適法改正では、「面的執行」と呼ばれる指導・監督体制が強化されました。
面的執行とは、公正取引委員会や中小企業庁に加え、経済産業省や国土交通省などの事業所管省庁が執行体制に加わって、重層的に指導・監督し、取引適正を浸透させる仕組みを指します。
従来は、公正取引委員会による調査権限が中心でしたが、取適法では、所管省庁に指導・助言を行う権限が新たに付け加えられました。これにより、業界実態に精通した省庁が関与することで、買いたたきや不当な支払遅延などの問題に対し、より実効性のある是正が可能となっています。
また、違反を申告した受託事業者に対する取引停止や数量削減などの報復措置が禁止され、報復措置禁止に対しての違反については、公正取引委員会からの勧告及び公表が行われるなど、受託側が声を上げやすい制度整備も進められています。
取適法改正による効果を十分に生かすためには、受託側自身が取引内容を整理し、適切に管理する体制を整えることが不可欠です。以下では、建設業の受託者側が取適法改正を踏まえて特に見直すべき7つの実務ポイントを説明します。
契約書や発注書は、取引条件を明確にする最も重要な資料です。
仕様や業務範囲が曖昧なまま契約が締結されているケースも少なくありません。
そのため、以下の点は特に重点的にチェックする必要があります。
曖昧な記載のままでは、後から「契約に含まれている」と主張されるリスクがあります。
設計変更や工程変更により、作成する資材の変更や手戻り作業が発生することもあるでしょう。
しかし、口答指示のまま作業に着手してしまうと、追加費用の請求が困難になります。
このような事態を防ぐためには、
といった社内ルールを整備することが重要です。
取適法では、不当な支払条件や支払遅延の是正が強く意識されています。受託側としても、支払条件を曖昧にしたまま取引を続けるのは望ましくありません。
具体的には、
を確認する必要があります。
資金繰りへの影響も大きいため、支払条件の見直しは経営面でも重要なポイントです。
近年の建設業では、資材価格や人件費の高騰が続いており、適正な価格転嫁ができなければ経営の継続が難しくなります。
取適法では、協議を求めたにもかかわらず、協議に応じずに代金額を決定する行為が禁止されているため、受託側も価格交渉を前提とした姿勢を取ることが重要です。
そのためには、
といった実務対応が求められます。
価格交渉を「言いにくい問題」として放置しないことが重要です。
取適法では、単に協議を行ったかどうかではなく、どのような協議が行われたかが重視されます。そのため、証跡の管理はこれまで以上に重要になります。
具体的には、
などを適切に保存・管理する体制を整える必要があります。
証拠が残っていれば、トラブル発生時の説明や行政対応もスムーズになります。
取適法改正への対応を現場任せにしていると、担当者ごとに対応がばらつき、法令違反リスクが高まります。
そのため、社内で共通のルールを設け、担当者への教育を行うことが重要です。
たとえば、
といった取り組みが有効です。
内部体制の整備は、紛争予防の観点からも重要です。
長年の取引関係がある元請けに対しては、不利な条件であっても是正を申し入れにくい場合があります。
しかし、取適法改正は、取引条件を見直すための重要なきっかけとなります。
具体的には、
を行うことで、無理のない交渉が可能になります。
取適法改正を踏まえて社内ルールや取引条件を見直そうとしても、「どこまで対応すれば十分なのか」「この取引は取適法違反に当たるのか」と判断に迷う場面は少なくありません。
このような場合には、取適法や建設業法をよく知っている弁護士に相談することで、法的リスクを抑えながら、現実的かつ実効性のある対応を進めることが可能です。
弁護士に相談すれば、契約書や発注書について、業務範囲や仕様が曖昧になっていないか、追加工事や仕様変更に関する条項が不十分でないかなどを、取適法や建設業法を踏まえて確認することができます。
形式的に契約書が整っていても、実態に合っていない場合には、後からトラブルに発展するおそれがあるため、事前のチェックが重要です。
取適法では、協議を行わずに一方的に代金額を決定する行為が禁止されていますが、実際の交渉場面では対応に悩む受託事業者も少なくありません。
弁護士に相談することで、価格交渉や追加作業の協議をどのように進めるべきか、どのような資料を用意すべきかなど、実務に即した助言を受けることができます。
建設業では、支払い遅延や未払い、追加工事代金をめぐるトラブルが発生しやすい傾向があります。
弁護士に相談すれば、取適法違反の可能性を踏まえたうえで、交渉、内容証明、訴訟など、状況に応じた適切な解決手段を検討することが可能です。
弁護士は、トラブルが起きた後の対応だけでなく、紛争を未然に防ぐための社内体制づくりについても支援できます。
契約や価格、変更対応に関する社内ルールの整備や現場担当者向けの対応フロー作成などを通じて、法令違反リスクを抑えた体制構築が可能です。
取適法では、面的執行の強化や通報制度の整備が進められており、行政による指導や調査への対応も重要な検討事項となります。
弁護士に相談することで、行政調査への備えや、通報制度を利用する際の注意点、報復措置を受けた場合の対処法などについても、法的観点から助言を受けることができます。
取適法改正により、各業界の元請け・下請けの取引環境は大きく見直されました。適用対象の拡大や、一方的な価格決定の禁止、面的執行の強化などにより、受託事業者を保護する仕組みが整備されています。
もっとも、法改正の効果を生かすためには、受託側自身が契約内容や支払い条件、価格交渉の方法、社内体制を見直すことが欠かせません。従来の慣習のまま取引を続けていると、思わぬ法的リスクやトラブルに発展するおそれがあります。
取引条件が取適法に適合しているか不安がある場合や、社内体制の整備に迷う場合は、早めに弁護士へ相談することをおすすめします。


