設計ミスや工事監理のミスによって建築物に不備が生じた場合、建築士は民事上の損害賠償責任だけでなく、建築士法違反による行政処分や、業務上過失致死傷罪などの刑事責任を問われる可能性があります。
建築士が施主などから法的責任を追及された場合は、弁護士と連携して適切に対応することが望まれます。
本コラムでは、建築トラブルに関する建築士の法的責任について、ベリーベスト法律事務所 建築訴訟専門チームの弁護士が解説します。
設計ミスや監理ミスによって建築トラブルが発生した場合、建築士は施主に対する損害賠償責任を負うほか、建築士法に基づく懲戒処分を受ける可能性があります。
建築士は、建築物の設計および工事監理を担当します。設計または工事監理のどちらか一方のみを担当するケースもあります。
「設計」とは、建築士の責任において設計図書を作成することをいいます。「設計図書」とは、建築物の建築工事の実施のために必要な図面および仕様書です(建築士法第2条第6項)。
「工事監理」とは、建築士の責任において、工事を設計図書と照合し、設計図書のとおりに工事が実施されているかいないかを確認することをいいます(同条第8項)。
建築士が担当している領域でのミスによって建築トラブルが発生した場合には、その建築士は債務不履行責任または不法行為責任に基づき、施主に生じた損害を賠償すべき義務が発生するおそれがあります(民法第415条第1項、第709条)。また、契約不適合責任を負う場合もあります(令和2年改正前の契約であれば旧民法上の瑕疵担保責任(旧570条))。
なお、実際に施工する際のミスによって建築物に欠陥が生じることは「施工ミス」と呼ばれます。
施工ミスについては、建築士が工事監理を担当している場合には監理義務違反として責任を負う場合があります。さらに、監理を委任されていない場合でも、設計図書の瑕疵が施工不良を誘発したと評価されるときは責任を負うことがあります。
建築士が施主から損害賠償を請求されるケースに備えて「建築士賠償責任補償制度」が設けられています。
同制度に基づく保険に加入すると、実際に損害賠償を請求された際に、賠償金や訴訟対応の費用などをカバーする保険金が支払われる可能性があります。
建築士の業務は、設計ミスや工事監理ミスによる損害賠償責任のリスクと隣り合わせです。ご心配であれば、あらかじめ建築士賠償責任補償制度への加入をご検討ください。
参考:「建築士賠償責任補償制度(けんばい)」(公益社団法人日本建築士会連合会)
建築士法や同法に基づく命令・条例の規定に違反したとき、または業務に関して不誠実な行為をしたときは、建築士は懲戒処分を受けるおそれがあります(建築士法第10条第1項)。
建築士に対する懲戒処分の種類は、以下のとおりです。
設計ミスや工事監理ミスが原因で人身事故が発生した場合、建築士は業務上過失致死傷罪(刑法211条)のほか、建築基準法違反(同法101条)等で刑事責任を問われる可能性があります。
たとえば、天井鉄骨の負荷重量を超えて天井下地のモルタル塗装を施したために施工後に天井が落下した事件においては、建築請負業者・設計者・工事監督者などに業務上の過失責任が問われ、禁錮刑などが科されました(名古屋地裁一之宮支部昭和34年2月24日判決)。
刑事責任が問題となると、警察の取調べや証拠保全が先行し、民事・行政手続にも影響を与えます。事故発生時には速やかに弁護士へ相談し、刑事・民事双方のリスクを把握して対応方針を検討することが望まれます。
マンションや戸建住宅の建築現場で起こりがちなトラブルのうち、建築士の責任が発生するものの具体例を紹介します。なお、マンションでトラブルが起きた場合、請求者は個人ではなく管理組合となるケースがあります。
設計ミスに当たるのは、たとえば以下のようなケースです。
工事監理のミスに当たるのは、たとえば以下のようなケースです。
最高裁平成23年7月21日判決では、建物の所有者がひび割れや鉄筋の体力低下等の瑕疵を主張して、建築士および施工業者に対して不法行為に基づく損害賠償を請求しました。
原審の福岡高裁は建物所有者の請求を棄却しましたが、最高裁は原審判決を破棄し、審理を福岡高裁に差し戻しました。
福岡高裁は差し戻し控訴審において、建物に見られた以下の不具合について建築士らの過失を認定し、合計約3822万円の損害賠償を命じました(福岡高裁平成24年1月10日判決)。
建築物の施工は、設計契約の定めに従って行わなければなりません。
建築士の独断で契約とは異なる設計を行い、または工事監理において契約とは異なる施工を是認すると、施主に対して契約違反の責任を負うことになってしまいます。
契約とは異なる設計や施工が必要となる場合は、必ず施主への報告・連絡・相談をしなければなりません。
最高裁平成15年10月10日判決の事案では、施工業者が建物の安全性を重視する施主との間で、主柱について特に太い鉄骨を使用することを合意していたにもかかわらず、施主に無断でより細い鉄骨を使用しました。
原審の大阪高裁は、実際に使用された鉄骨でも建物の安全性に問題はないことを理由に、施主の主張を認めませんでした。
しかし最高裁は、主柱について特に太い鉄骨を使用することが契約の重要な内容になっていたことを理由に原審判決を破棄し、審理を大阪高裁に差し戻しました。
施主からクレームを受けて建築トラブルが発生した場合、建築士は以下の手順で対応しましょう。特に、証拠の収集や専門家との連携が重要になります。
まずは建築トラブルの原因を調査したうえで、その証拠を確保する必要があります。きちんと調査と証拠の確保を行えば、施主側から予想外の主張をされて不利に陥ってしまうことを防げます。
建築トラブルの原因調査は、建築士自ら行うことに加えて、他の経験豊かな建築士や弁護士と連携して行いましょう。
特に技術的な事柄については、他の建築士に意見書を作成してもらうことも検討すべきです。客観的な視点から作成された意見書は、訴訟などの手続きにおいて重要な証拠となります。
建築士が設計または工事監理の一部のみを担当していた場合でも、トラブルの内容や状況を施工側で速やかに共有することが重要です。
具体的には、以下の情報を整理したうえで共有します。
建築士が施工業者の従業員ではない場合、建築士と施工業者が対立する場合もあります。
この場合には、自身の主張や立場を明確にするために、施工業者に対して内容証明郵便等を送ることも考えられます。
施主側の主張も踏まえた調査等が完了したら、施主との間で示談交渉を行っていきます。
示談交渉では、互いの主張を提示し合ったうえで歩み寄りの可能性を探ります。早期解決を優先するのであれば、一定の譲歩を検討することもあるでしょう。弁護士のサポートを受けながら、適正と考えられる条件での示談成立を目指しましょう。
施主との示談交渉がまとまらないときは、以下の手続きなどを通じて解決を図ります。
これらの手続きは弁護士が取り扱っており、正式に依頼すれば代理人として対応してもらえます。
同一の建築トラブルについて施工業者と建築士の双方に過失が認められ、施主の損害賠償請求を認める形で解決がなされた場合は、施主がいずれか一方に全額を請求してくる可能性があります。両者は共同不法行為者と評価されるためです(民法719条)。
このようなとき、共同不法行為者の内部では「各自の過失割合に応じて負担すべき」という原則があり、過大に支払った側は他方に求償(清算)できます(民法442条、同433条)。
求償の一般的な流れは以下のとおりです。
トラブルが発生した原因について、施工業者と建築士にそれぞれどの程度の責任があるかを踏まえたうえで、損害賠償の分担割合を話し合って決めましょう。なお、求償権の消滅時効は5年です(民法166条1項)です。証拠や鑑定結果は保存し、時効期間に留意しましょう。話し合いがまとまらないときは、訴訟などに発展することもあり得るので注意が必要です。
設計や工事監理のミスに起因する建築トラブルの再発を防ぐためには、以下のような対策を講じましょう。
建築トラブルの再発防止については、弁護士が相談を受け付けています。
普段から顧問弁護士と契約していれば、建築トラブルに関する心配事をいつでも相談できます。自社の状況を十分に踏まえた再発防止策のアドバイスを受けられる点も、顧問弁護士と契約することの大きなメリットです。
建築トラブルについて相談・依頼する弁護士は、実績や専門性を備えているかどうかの観点から選びましょう。
ベリーベスト法律事務所は建築訴訟専門チームを設けており、経験豊かな弁護士が建築トラブルの再発防止を丁寧にサポートいたします。
また、継続的にご利用いただける顧問弁護士サービスもご用意しております。詳しくはお気軽にお問い合わせください。
参考:
「建築トラブル・訴訟問題」(ベリーベスト法律事務所)
「企業法務・顧問弁護専門サイト」(ベリーベスト法律事務所)
建物の新築工事や大規模修繕工事の設計・工事監理に不備があると、建築士は施主に対して損害賠償責任を負う可能性があります。施主から損害賠償を請求されてしまったら、弁護士と協力して対応しましょう。
ベリーベスト法律事務所では、建築トラブルに関するご相談を随時受け付けております。施主との間でトラブルが発生して悩んでいる施工業者や建築士の方は、ベリーベスト法律事務所へご相談ください。


