元請業者から建築工事を受注し、工事を終えたものの工事代金の支払いが遅れているという経験をした下請業者の方もいらっしゃるでしょう。工事代金が適切な時期に支払われないと、人件費や材料費の支払いが滞り、経営にも重大な影響を及ぼすおそれがあります。
そのため、建設業法では工事代金の支払い時期、方法について特別なルールを設けて、下請業者の保護を図っています。工事代金の遅延が生じたときは、迅速に回収に着手するようにしましょう。
今回は、建築工事における下請代金の支払い時期・方法に関するルールや工事代金の回収方法などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
下請代金が適正に支払われないと、下請業者の経営の安定が阻害されるだけではなく、手抜き工事や労災事故などを誘発し、建設工事の適正な施工確保が困難になりかねません。
そのため、建設業法では、代金の支払いに関して以下のようなルールを定めています。
建設業法では、下請代金の支払い時期に関する特別なルールが設けられています。
具体的には、元請負人が注文者から出来高払いまたは竣工払いを受けた場合、元請負人は、支払い対象となる工事を施工した下請負人に対して、施工に相当する工事代金を「1か月以内」、かつ「できる限り短期間」で支払わなければなりません。
そのため、元請負人と下請負人との契約で1か月を超える支払期日が定められていたとしても、建設業法の規定が優先しますので、元請負人が注文者から出来高払い又は竣工払いを受けた場合には、下請負人は、1か月以内を期限として工事代金の支払いを元請負人に求めることができます。
建設工事では、資材の調達や人件費など請負人に多額の負担が生じるため、発注者から前払い金が支払われるのが一般的です。このような費用負担は、元請負人だけではなく下請負人にも発生しますので、下請負人にも前払い金が支払われなければ、下請負人の負担が大きくなってしまいます。
そこで、建設業法では、前払い金の取り扱いについても特別なルールを定めています。
元請負人が前払い金の支払いを受けたときは、下請負人に対しても工事着手に必要となる費用を前払い金として支払うよう配慮しなければなりません。
ただし、これは「努力義務」ですので、違反したからといって特別なペナルティーがあるわけではありません。
特定建設業者に対しては、工事代金の支払いに関してさらに厳格なルールが設けられています。以下では、特定建設業者に適用される特別なルールについて説明します。
特定建設業とは、建設業許可の一種で、元請業者が下請業者に対して、1件につき5000万円(建築一式工事の場合8000万円)以上の建設工事で、特定建設業者としての許可が必要になります。
特定建設業では元請負人が下請負人に対して、多額の工事を発注するため、経営面や安全面で一定の信頼性を証明する必要があります。そのため、一般建設業許可よりも専任技術者の要件および財産的基礎の要件が厳格化されています。
特定建設業者は、発注者から支払いを受けていなくても、下請負人からの工事完成後目的物引き渡しの申出日から50日以内に、下請負人に対して工事代金を支払わなければなりません。
特定建設業の許可が必要になる業者は、比較的大手の業者になりますので、一般的な工事代金の支払いルールよりもさらに厳格なルールが適用されています。
ただし、特定建設業者と契約した下請業者が「資本金4000万円以上の法人」または「特定建設業者」である場合には、このルールは適用されません。
特定建設業者が下請業者に対する工事代金の支払期日を守らなかった場合、支払日までの遅延利息を支払う必要があります。遅延利息は、年14.6%と定められていますので、高率の遅延利息が発生するのが特徴です。
建設業法では、工事代金の支払い時期に関するルール以外にも工事代金の支払い方法に関するルールを定めています。
下請代金の支払いは、できる限り「現金払い」にしなければなりません。「現金」とは、すぐに現金化できるものをいい、キャッシュだけではなく、銀行振り込みや小切手なども含まれます。
ただし、建設業法の現金払いのルールは、法的な義務ではなく、「適切な配慮」を求める規定になっていますので、現金以外の支払い手段が定められたとしても建設業法違反にはあたりません。
建設業法では、下請負人に対する現金払いの配慮が定められていますが、実際には、手形による支払いが慣習的に行われています。
そこで、手形による支払いについても特別なルールが定められており、下請代金の支払いを一般の金融機関で割引困難な手形により行うことが禁止されています。
このような割引困難な手形による支払いの禁止は、元請負人が特定建設業者であり、かつ、下請業者が資本金4000万円未満の一般建設業者である場合に適用されます。
なお、建設業において、割引困難な手形とは手形の期間が60日を超えるものをいいます。
元請負人からの工事代金の支払いが遅延または未払いの状態が続いているときは、以下のような対処法を検討しましょう。
元請負人からの工事代金が契約上の期日を過ぎても支払われないときは、すぐに元請負人に連絡して、遅延・未払いの理由を確認するようにしましょう。
元請負人が支払い期限を失念していただけであれば、下請負人からの指摘によりすぐに支払いに応じてくれるはずです。
他方、元請負人から支払い期限の延期を求められたときは、延期を受け入れることができるのであればできる限り早期の支払い期限になるよう当事者間で話し合いをするようにしましょう。
ただし、下請負人としては、延期に応じるとしても、元請負人の経営状態が悪化している可能性もありますので、後述する法的措置の検討も同時に進めていくことが大切です。
また、延期を受け入れられない場合には、(2)以降に進んでいきましょう。
元請負人に連絡しても無視される、誠実な回答がないという場合や、延期後の期日にも支払わないという場合には、内容証明郵便を利用して、未払いの工事代金の請求を行います。
内容証明郵便は、いつ・誰が・誰に対して・どのような内容の文書を送ったのかを証明できる特別な郵便です。内容証明郵便自体には、支払いを強制する法的効果まではありませんが、特別な形式の郵便が届いたことで元請負人に対して、心理的なプレッシャーを与えることができ、任意の支払いを促す事実上の効果が期待できます。
また、工事代金には時効がありますので、内容証明郵便により未払い工事代金の請求をすることで時効の完成を一時的に猶予するという効果が生じます。ただし、内容証明郵便による時効の完成猶予の効果は6か月間という一時的なものに過ぎませんので、早めに法的措置の検討を進めていくことが大切です。
元請負人が交渉や内容証明郵便の送付をしても未払いの工事代金の支払いに応じてくれないときは、裁判等の法的措置を検討しましょう。
下請負人でも比較的簡単にできる法的措置としては、「支払督促」があります。支払督促は、裁判所書記官の書面審査だけで相手方に督促状が送付されますので、証拠も必要なく、簡易迅速に債権回収を図ることができます。
ただし、相手方から異議申し立てがあると、通常の訴訟手続きに移行しますので、支払督促をせずに訴訟をした場合よりも解決が遅くなることがあります。そのため、相手方からの異議申し立てが予想されるときは、最初から通常の訴訟手続きを選択した方がよいでしょう。
相手方が争ってくることが予測される場合には、訴訟を提起します。
訴状と証拠(契約書等)を提出して、それに対して相手方が反論し、さらにそれに対してこちらが反論するという流れで進んでいきます。場合によっては尋問をすることもあります。
訴訟の中で和解が成立すれば和解で終了しますが、もし和解が成立しなければ、裁判所から判決が言い渡されます。
なお、支払督促または訴訟により債務名義を取得すれば、強制執行により元請負人の財産を差し押さえることができます。差押えが成功すると、強制的に工事代金の回収をすることができます。
建設業法では、下請負人を保護するために工事代金の支払い時期や支払い方法について特別なルールが設けられています。
元請負人からの工事代金の支払いが遅延すると、下請負人の経営状態の悪化を招くリスクがありますので、工事代金が未払いの状態のまま放置するのではなく、早期に適切な対応を行うことが重要です。
弁護士であれば、工事代金の時効の完成を防ぎつつ、債権回収に向けた交渉や法的手段によるサポートを行うことができます。
債権回収は迅速な対応が重要になりますので、元請負人からの工事代金の未払いが発生したときは、ベリーベスト法律事務所までご相談ください。