アスベストの歴史と
救済の歩み
アスベスト(石綿)は「奇跡の鉱物」と呼ばれ、建材や工業製品に広く使用されてきました。
しかし、その後アスベスト(石綿)を吸い込んだ多くの方が中皮腫や肺がんなど重い病気となり、その有毒性が明らかになりました。
しかし我が国ではその有用性に重きが置かれ、アスベスト(石綿)の原則使用禁止が遅れ、被害が拡大しました。
このページでは、日本のアスベスト被害の歴史と重要な出来事を年表で分かりやすく解説します。
アスベストの歴史と裁判の
タイムライン
産業勃興期
「魔法の鉱物」アスベスト(石綿)が輸入され、各種製品の加工が始まる
アスベスト(石綿)は明治時代から輸入が始まりました。
大阪府泉南地域では、多くのアスベスト(石綿)工場が立ち、その加工製品が作られていました。
一方、国は昭和12年から泉南地域の調査を実施し、その健康被害を把握していました。
- 明治40年
- 泉南地域でアスベスト産業が興る
- 昭和12年
- 国が泉南地域の労働衛生調査を実施
- 昭和22年
- 旧労働基準法の制定
普及期
アスベスト(石綿)の大量輸入・使用と共に、健康被害もひそかに拡大
高度経済成長期、耐火性・断熱性に優れたアスベストは、建築資材から一般的な生活用品に至るまで、幅広く使用されました。結果、多くの方がアスベストを吸い込み、ひそかに健康被害は拡大してきました。
昭和47年にはWHO・ILOがアスベスト(石綿)の発がん性を警告。
我が国では昭和48年に初めて石綿での初の肺がん労災認定が出される、各種法律でアスベスト(石綿)の使用が制限され始めるなど、徐々にその有毒性が知られ使用などが制限されるようになりましたが、全面禁止には至りませんでした。
- 昭和35年
- 旧じん肺法 制定
- 昭和42年
- 公害対策基本法制定
- 昭和43年
- 大気汚染防止法制定
- 昭和45年
- 廃棄物処理法制定
- 昭和46年
- 旧特定化学物質障害予防規則制定
- 昭和47年
- WHO・ILOがアスベストの発がん性警告
- 昭和48年
- 石綿による初の肺がん労災認定が出る
石綿による初の腹膜中皮腫の症例が出る
- 昭和49年
- 石綿による初の胸膜中皮腫の症例が出る
- 昭和50年
- 特定化学物質等障害予防規則の改正(5重量%を超える石綿の吹き付けを原則禁止)
クボタ・ショック発生
クボタ・ショックにより、アスベスト(石綿)健康被害が広く社会に認知される
EUがアスベストの使用を原則禁止した平成17年、大手機械メーカー「クボタ」の旧神崎工場(兵庫県)の従業員だけではなく、周辺住民にも中皮腫などの被害が多発していることが発覚しました。
あくまでも「工場内の労働災害」と思われていたアスベスト(石綿)健康被害が、一般住民にも及ぶ可能性がある、と判明し社会に激震が走りました。
- 昭和58年以降
- アスベストは諸外国で使用が原則禁止に
- 平成7年
- 特定化学物質等障害予防規則の改正(1重量%を超える石綿の吹き付けを原則禁止)
- 平成16年
- 労働安全衛生法施行令の改正(1重量%を超える石綿含有建材等、10品目の製造等禁止)
救済の道が開かれる
石綿健康被害救済法の成立・施行
【平成18年3月成立・4月施行】
労働災害として認定されない「住民被害」や「家族被害」を救済するため、医療費などを支援する制度がスタートしました。
また、平成24年にようやくアスベスト(石綿)の使用などが全面的に禁止されました。
最高裁で国の責任を認める判断
泉南アスベスト訴訟で最高裁が国の責任を認める
国が工場への排気装置設置を怠ったがゆえにアスベスト健康被害が広がったとして、最高裁が初めて国の責任を認定。
これを機にアスベスト工場で働いていた人が国を訴える訴訟(国家賠償訴訟)が数多く提起されるようになりました。
完全救済へ
建設アスベスト給付金制度がスタート
【令和3年5月成立・令和4年5月施行】
建設アスベスト訴訟の最高裁判決を受け、建設労働者および「一人親方」を対象とした画期的な給付金制度が法制化されました。
これにより、病気の種類や状況に応じて給付金を受け取れるようになり、多くの被害者が救済対象となりました。
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