医師インタビュー|建設関係者やその家族が知っておきたいアスベストの話
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- インタビュー

アスベストによる健康被害は、吸い込んだ自覚がないまま数十年後に発症することもあり、発見が遅れるケースが少なくありません。特に建設関係の仕事に従事されていた方や、そのご家族の中には、自分がアスベストにさらされていたことに気づいていない方もいます。
今回は、アスベスト健康被害に詳しい京都岡本記念病院 呼吸器内科 部長 内田泰樹先生にインタビューを行い、アスベストがなぜ体に悪影響を及ぼすのか、その健康被害の特徴や検診の必要性、救済制度等についてわかりやすく解説していただきました。

本記事のインタビューにご協力いただきました
京都岡本記念病院 呼吸器内科
部長 内田泰樹先生
1、潜伏期間が長いアスベストは発見がどうしても遅れる
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アスベストとは一体、何なのでしょうか?
アスベストは鉱石が繊維状に変形してできた天然の鉱物繊維で石綿(いしわた、せきめん)とも呼ばれます。その名の通り、綿状の性質があり、軽く加工しやすく、熱や薬品にも強いことから、かつては建設資材をはじめ、さまざまな製品で使用されてきました。
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なぜ、アスベストで健康被害が生じるのでしょうか?
アスベスト繊維は髪の毛の5000分の1程度と極めて微細な粒子で、空気中に舞いやすく、さらに丈夫で変化しにくく、吸い込んでも体の中で分解されません。
通常、人間の体に入った異物は、咳や痰、粘膜の働きによって排出されますが、アスベストは排出されず、肺や胸膜などに長く留まり続け、細胞を刺激し続けます。この刺激が長期間にわたって蓄積されることで、肺がんや中皮腫といった重篤な病気を引き起こすのです。
さらに、アスベストは目に見えず、吸い込んでも自覚症状がないため、知らないうちに曝露していることがあります。吸入から20~50年後に発症することもあり、早期の発見や対策が難しいのが特徴です。
また、アスベストが使用されていた建物や資材についての知識は、一般の方には十分に知られていません。そのため、知らず知らずのうちにアスベストに曝露してしまっている可能性もあります。
たとえば、かつて建設現場や造船所で働いていた方は心当たりがあるかもしれませんが、職場の建物やかつて住んでいた家屋、その周辺の建物にアスベストが使われていた場合、自分が吸い込んでいたことに気づかないまま年月が経過しているケースも少なくありません。
このように、アスベストによる健康被害は、「時間が経ってから出てくる」という点が大きな特徴であり、それゆえに被害が広がりやすかったのではないでしょうか。 -
アスベストによって、どのような病気になるのでしょうか?
悪性中皮腫、肺がん、石綿(せきめん)肺(塵肺)、局所性およびびまん性胸膜プラーク、良性石綿胸水などがあります。石綿肺は、数年前の職業曝露の影響で緩徐に進行するびまん性の肺線維症を特徴とします。
〈 参考 〉対象となる病気や症状
2、医師でもアスベストに詳しいとは限らない
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どのようなときにアスベスト被害を受けていると発覚するのでしょうか? 自覚した上で検査に来られることはありますか?
アスベストの健康被害は潜伏期間が長いため、市の結核健診や肺がん検診で発覚することも多くあります。
アスベストによる症状は一般の方には非常にわかりにくく、症状がない段階で見つけるのは難しい病気です。症状が出てから来られる方は、相当進行していることになります。私の印象としてはお年寄りの方が多いですね。
咳が長引く、痰に加え、息切れや血痰などがあった場合はすぐに受診したほうが良いでしょう。アスベストによる健康被害ではなかったとしても、何かしらの疾患の可能性があります。まずは呼吸器内科を受診してください。
特に注意していただきたいのが自営業の方です。なかなか検診に行く機会もないので症状が進行してから発覚する場合も少なくありません。普段から意識して、検診へ行くようにしていただければと思います。 -
どのような検査をするのでしょうか?
まずはレントゲンやCTを撮ります。
必要に応じて呼吸機能検査、頭部MRIやPET-CT、骨シンチグラフィー、気管支鏡、CTガイド下生検、胸腔鏡など詳しい検査を行います。外来でできる検査は何度かに分けて行われます。また、入院で診断のため行う気管支鏡、CTガイド下生検、胸腔鏡などは1~2泊入院して行うことになります。
こちらは健康保険の対象となります。 -
アスベスト曝露がないかどうか聞かれた場合に、どういったことを回答すれば良いのでしょうか?
アスベストによる健康被害は潜伏期間が長く、症状がない場合はなかなか見つけにくいものです。患者さん側からの情報提供によって、アスベストによる健康被害の可能性を医師も検討でき、さらに詳しい検査も提案できます。
ただ単に「アスベストに曝露(ばくろ)したか」と医師に聞かれても、困惑する方も多いと思います。そのような場合は、どういった環境、住居に住んできたのか、これまでの職業や地域について回答してみてください。地域、職業によって、曝露している可能性が変わってきます。
職業は、建築、車関係、アスベストでできた建物で働いていたかなど、自分から掘り下げて話をしていただくと、医師側としてはありがたいです。
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診断を受けたものの、アスベストによる健康被害と診断されないこともあると思います。アスベスト関連を疑っている場合、セカンドオピニオンはどういった病院を選べば良いのでしょうか?
専門医が多い大学病院やがんセンターなどであればセカンドオピニオンを受けているところは多いと思います。ただ、アスベストに絞ってがん以外も含めるとアスベスト疾患センターなど、労災に詳しい病院を受診すると良いでしょう。産業医資格も持っている呼吸器内科、呼吸器外科、腫瘍内科などの先生がいると良いかもしれません。
セカンドオピニオンは基本的に、患者さんの中で疑問点があった場合に、他の医師にも診てもらいたいと依頼するものです。患者さん側から動きがないとこちらから提案することはありませんので、気になった場合はご相談ください。
一般的には紹介する側もコンセンサスが得られますので、セカンドオピニオンを躊躇されることは少ないと思います。 -
医師の方でもアスベストに詳しくない方もいるという話がありましたが、そういった啓もう活動などは行われているのでしょうか?
医師に向けた周知活動については、現状、国からの明確な取り組みはほとんどありません。定期的に啓発に努める医師もいらっしゃいますが、継続的に労災や救済法申請のポイントなどが専門医などへ啓もうがされているとは言い難いのが実情です。
学術的な関連学会の書物には産業医目線の内容がどうしても省かれやすく、認定基準が記載されていてもこれくらいの所見で曝露歴が多少浅くても申請が通るといった具体的な方法まで触れられてはいません。
結果的に医師全員までに申請のコツなど詳細が知れ渡らず無関心になりがちです。
実際、がんの専門医であっても、アスベストに関する知識・詳細な問診が不十分だと、アスベスト曝露(ばくろ)歴を見落としてしまうことがあります。
アスベスト関連の書類を用意する際に経験豊富な病理医(病気の原因や状態を顕微鏡や検査データなどを使って診断する専門医)から聞いた話ですが、主治医がアスベストの有無を調べてほしいと依頼しないと、基本的に病理サイドではアスベスト小体など探しに行かないし、仮に認めても病理所見にわざわざ記載しないそうです。
したがって主治医が意識して依頼することが重要となります。明らかにアスベスト関連の疾患であっても、詳しい検査が行われていなかったり、診断書に記載されず見逃されてたりしているケースがあります。
私自身は、アスベストによる健康被害の知識を得て以降、特に注意して症状を確認するようにしています。国からの働きかけがあったり、講演会などで著名な方が具体的な事例として取り上げてくれたりすれば、こうした現状にも変化が生まれるのではないかと感じています。
もしご自身やご家族がアスベストの健康被害を疑っているのに、診断がはっきりしない場合には、専門病院でのセカンドオピニオンや、アスベストに詳しい医師への相談を検討してみてください。制度の申請や診断に詳しい医師、さらに弁護士などと連携することで、適切な対応につながります。
3、アスベストによる健康被害で頼るべきなのは医師、社労士、そして弁護士
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アスベスト健康被害がわかった場合、何をする必要がありますか?
基準と照らし合わせて、救済制度や労災制度を申請できます。ほかにも国に補償を求める手段があります。
病院では、詳しい先生やスタッフがいれば率先して何をすべきか説明してくれる場合もありますが、そういった方がいない場合はサポートしてもらえることは難しいでしょう。さまざまな情報収集を行い、自身で対応していかなくてはなりません。 -
亡くなった身内のアスベスト健康被害が疑われる場合、遺族は病院に問い合わせるべきなのでしょうか?
医師は目の前の生きている患者の診断はできますが、亡くなってから調査を依頼された場合、既存の検体などの情報から書類作成などはできても、医師や病院側でアスベストが原因か調べるには限度があると思います。
病理医に検体のアスベストの存在など調査依頼はできるかもしれませんが、検体に所見がなくご遺体がすでに火葬されている場合には、実施できる調査には限りがあります。
亡くなった身内のアスベスト健康被害が疑われる場合は、社労士や弁護士などを通じて対応してもらうよりほかないと思います。 -
どの段階で法律事務所に相談するのがいいのでしょうか?
たとえば、アスベスト健康被害による労災申請を行う場合、労災の申請窓口である労働局や労働基準監督署において、アスベストに関する知識のある担当者が対応してくれるとは限りません。
たとえば、私の経験ではアスベストによる労災に関する書類を申請する際、すんなり書類を手に入れた患者はほとんどいません。窓口の担当者が異なる書類を渡したり、詳細を確かめずに門前払いをされたりすることがありますので注意が必要です。窓口の方の知識が十分でないと、このように申請にきちんと対応してもらえないケースもあります。
場合によっては私のようなおせっかいな主治医が説明のために電話をすることもありますが、すべての方にそういった対応をするのは現実的ではありません。
また、アスベスト健康被害に関する制度は非常に複雑です。労災申請の窓口は労働局や労働基準監督署ですが、建設アスベスト給付金は厚生労働省、アスベスト健康被害救済給付の申請先は独立行政法人環境再生保全機構と、それぞれの制度ごとに窓口や手続きが異なります。一般の方がすべてを一人で対応するのは、かなり難しいのが実情です。
アスベスト健康被害が疑われる場合、制度や申請手続きは非常に煩雑で、専門的な知識も求められます。そんなときに弁護士や社労士の方に相談・依頼することで、窓口での対応や手続きがスムーズになる場合もあるでしょう。アスベスト健康被害の診断を受けた方は、まずは弁護士等へ今後の対応を相談いただいた方がいいかと思います。
アスベスト健康被害に苦しむ方々が、制度を正しく利用して、少しでも多くの補償や救済を受けられるよう、今後も私自身も医師として支援を続けていきたいと考えています。