弁護士が考える、医療訴訟において
裁判官が「和解」を望む理由
現役の医師と弁護士によるスペシャル対談第4話は、医療訴訟で判断を下す立場にある「裁判官」がテーマとなっています。
皆さんは裁判官に対して、どのような印象をお持ちでしょうか。
また、裁判官がどのように考え、どのような基準で判断を下しているのか、ご存じでしょうか。
今回は、弁護士だからこそ見えてくる裁判官の実像について語ります。ぜひ最後までご覧ください。
弁護士が説明。
裁判官はどのような人で、どのように考えるのか

第3話では、医療訴訟の問題点や、医師と弁護士で異なる「勝ち」の考えを掘り下げていきましたね。今回は、裁判官について話していきましょうか。
皆さん、裁判官ってどんな人だと思いますか?

恐れ多いことですが、医療の分野では各科に細分化され、専門性が高くなっている現状を考えると、裁判官の方々が現場の感覚をすべて把握される難しいのではないかと感じます。

いいんですよ。

一般的な医師の視点からですと、正直なところ、裁判官という存在はあまりにも遠くて、よく分からないのです。ただ、自分に関係する分野の判決文を勉強させていただく中で『現場は本当に大丈夫なのかな』と心配になってしまうことはあります。

一緒にお酒は飲めなさそうですよね。堅物で、話が合わなさそうなイメージ(笑)

公務員という印象がありますね。要は、いくら裁判をしても、たぶん給料は変わらないんじゃないかな、と。

そこまで考えます!?(笑)

失礼かもしれませんが、裁判官を辞めた後に弁護士になって、そこから稼ぎ始める……みたいな勝手な印象がありまして。
裁判官時代は、お酒や人付き合いにも気を遣いながら黙々と仕事をして、ある程度勤め上げた後に退職して、そこから華々しく……というイメージです(笑)。

たしかに裁判官でそういう人もいますし、検察官にもそういうタイプの方はいますね。

浅野先生、医師の方に裁判官はどういう感じなのかを説明するとしたら、どうでしょうか?

裁判官はたしかに公務員なんですよね。最高裁判所をトップとする組織があり、その中でどう出世していくか、という意識もあります。
だから原告・被告を見ながらも、「この判決の書き方は自分のキャリアにとってどうか」という尺度が、常にあるんですよね。

それで言うと、裁判官は自分で書いた判決が高等裁判所でひっくり返されることを嫌がりますね。「上に迷惑をかけた」と評価されてしまうから。
もちろんそれだけではありませんが、裁判官は基本的に、どんな事件でも和解を勧めます。和解には「控訴しない」という意味合いも含まれますから、そこで事件は終わる。
特に医療訴訟では、経験上、裁判官の和解への“推し”が本当に強いですよ。

だから私は、裁判官はもっと給料をもらうべきだと思っています。出世を気にしなくてもいいくらい十分な報酬を得たうえで、公平な裁判をしてほしいですね。

実際、どの程度の水準になるのでしょうか?

公務員の中では、高いほうだと思います。

15年目で、だいたい年収1,700万円くらいですね。

医師だと、給料が1,700万円になるのは何年目くらいですか?

4〜5年目くらいでしょうか。

研修医が終わってすぐ美容外科に行けば、2,000万円を超えますけどね。

よく聞きますよね。たとえば、大学病院勤務のみだったりすると、その域は厳しいですよね。

話を戻しましょうか。太期先生は、裁判官をどのように見ていますか?

裁判官は、民法と民事訴訟法の専門家で、その分野については本当に精緻です。ただ、医療訴訟においては使うべき定規が違うのに、その定規を医療に当てはめようとしているような感覚があります。

なるほど、ありがとうございます。青木先生はどうですか?

先ほど浅野先生がおっしゃった「組織」という点で思うことがありますね。
最高裁をトップに、司法試験に早く受かった優秀な人たちが、いわば純粋培養で裁判官になります。出世志向もありますから、だいたい2〜3年ごとに全国をローテーションで回るんですよね。
都市部には「医療集中部」といって、医療事件を専門に扱う部がありますが、そこもローテーションの一環で、2年ほど在籍すると別の部署へ移る。
つまり、医療を長年専門にしている裁判官は、ほぼいません。
私も司法修習で医療集中部を経験しましたが、その期間は皆さん勉強されています。ただ、医療を十分に理解しているかというと、そうではありません。
資料を丹念に読み込んで判断はされていますが、やはり難しい分野です。だからこそ、裁判官から「できれば和解してほしい」という声があがることは多い。判決を書くには、医療知識を理解したうえで論理構成をしなければならず、非常にハードルが高いんです。

文書にすると、どうしても揚げ足を取られますからね。和解なら、双方が合意して終わりです。

事件をどれだけ処理したか、という点も評価されるようですし、和解で結果をまとめて多くの事件を処理できる裁判官は、評価されやすいのではないでしょうか。
高裁でひっくり返される?
医療訴訟は裁判官の「さじ加減」が怖い

先日私が和解した事件も、共同で担当していた弁護士がいたのですが、私は正直、高等裁判所でも勝てると思っていたので、「判決でいきましょう」と言ったんです。
ところが、その弁護士が急に慎重になりまして。「高裁で変な裁判官に当たると怖いから、この辺で手を打ちましょう」と。

裁判官によって、考え方はかなり違いますからね。

原審(ひとつ前の裁判)は完全にこちらの勝ちで、自信もありました。でも、「高裁で控訴されて判断が変わる可能性もゼロではない」と説得されました。何より、依頼者が「和解でいい」と言ったので、そこが決め手でした。
それくらい、裁判官のさじ加減は怖いんです。

たしかに。地方裁判所で勝っても、高等裁判所でひっくり返る確率は、体感で15%くらいあります。私自身、実際に何度も経験していますよ。

裁判官は、現状を変更したり、新しいルールや考え方を示したりことに、とても慎重です。それが先例となり、社会に影響を与える可能性があるからです。
だから、「自分がこの先例を作っていいのか」という点は、強く意識されていますね。

今あるルールを、そのまま公平に適用することが「平等」だと考えているんですよね。

鈴木先生の例で言うと、高裁で勝てると思っていても、職業倫理上、弁護士は依頼者などに「絶対勝てます」と言えないです。
医師も同じですよね。「私、失敗しないので」とは言えない。

「100%大丈夫」とは、とても言えませんね…。

医師と弁護士は責任の形がかなり違います。
医師は基本的に民事での解決が中心で、免許に触れるのは刑事事件など非常に限られたケースです。弁護士は懲戒制度があり、場合によっては資格そのものに影響します。
制度面だけ見ると、医師のほうが一定の保護を受けているとも言えるわけです。

医療訴訟を経験している弁護士だからこそ、分かることがありますよね。裁判官の存在そのものが、「医療訴訟は難しい」と言われる理由のひとつだと思います。
医療ミスの被害に遭われた方のためにも、私たち自身がさらに研鑽を積んでいきましょう。