手術や治療で起こり得るリスク。
その可能性が何%あれば、医師は患者に説明するのか



消化器外科医として、東京労災病院、東京大学医学部附属病院、東京高輪病院、三井記念病院で勤務。現在は都内クリニックで消化器病専門医、肝臓専門医として、診療を行う。


「弁護士のための医療法務入門」(第一法規出版)・「弁護士のための医療法務実践編」(第一法規出版)共同執筆。

ベリーベスト法律事務所の代表弁護士。慶應義塾大学法学部、ニューヨーク大学法科大学院卒。米国ニューヨーク州弁護士。医療事故・医療訴訟チームの立ち上げに携わる。

ベリーベスト法律事務所 医療事故・医療訴訟チームでリーダーを務める弁護士。慶應義塾大学法科大学院卒。弁護士法人虎ノ門国際法律事務所、法律事務所オーセンス(現ベリーベスト法律事務所)を経て現職。

ベリーベスト法律事務所 医療事故・医療訴訟チームの弁護士。東京大学法学部卒。
株式会社富士総合研究所、法律事務所ホームロイヤーズのパラリーガル、弁護士法人法律事務所MIRAIOを経て現職。医療事故などの医学的知見が必要な分野で、10年以上注力している。
「無益な医療紛争を減らすとともに、医療安全体制を良くしていきたい」という考えから、医療機関側と患者側のトラブルについて、医師と弁護士による座談会を開催しました。
被害患者側の代理人業務を担当するベリーベスト法律事務所(浅野弁護士、太期弁護士、中邨弁護士)、主に医療機関側の代理人業務を担当するMIA法律事務所(鈴木弁護士、青木弁護士)、そして各科で活躍中の現役医師(小児科の市川医師、精神科の大塚医師、内科の廣吉医師)、総勢8名によるスペシャル対談です。
第1話では、「医療におけるリスクの捉え方」というテーマから、手術や治療で起こり得るリスクを患者さんに説明するときの判断基準や、弁護士が患者さんから相談を受けたときの考え方・対応などについて、掘り下げていきます。
医師と弁護士の「リスク説明」に関する常識・認識の違いは、必見です。


医師と弁護士の常識は違った。
双方が捉える「可能性」

医師と弁護士、それぞれの常識を比較してみたいと思います。このテーマでは、「可能性」の話を例に進めていきますね。
たとえば、医師が危険な手術をするときには、患者さんに対して、そのリスクを説明するものです。いったい、医師はどれくらいの可能性があれば、そのリスクを患者さん側に説明しているのでしょうか。では弁護士の皆さん、医師はどのくらいの可能性で話していると思いますか?

可能性があるっていうと、10%から40%ぐらいでしょうか。

医師の立場からどう説明するかということを考えた場合、あらゆる可能性を説明するんでしょうけど。他方、弁護士的な感覚でいうと、もちろんウェイトを置いてですが、やっぱり可能性が高いものになるでしょうか。

かなりあり得るストーリーとして「この条件が変わったらこんなふうに変わりますよ」と、枝葉を伸ばしていく感じで可能性の説明をするというのが弁護士のやり方ですかね。

廣吉医師は、医師としての感覚で「こういうことがあるかもしれない」「こういうことがあったら困る」というような可能性について、何%ぐらいで説明されますか?

私はもともと外科医で手術をしていましたので、手術の合併症でいうと0.1%以下の確率でも起こり得るものまで説明していました。

やはり、そうなんですよね。私の感覚と経験だと、弁護士の先生に聞けばだいたい60%くらいっておっしゃる方が多いです。
でも医師は0.1%とかすごく小さな確率のことでも可能性があるって言うんですよ。本当にまさに先生方のおっしゃるとおりで、医師と弁護士で、この「可能性」の常識が違ってくるんですよね。

医療のリスク告知にまつわる「言った言わない」問題

たとえば、医療で起こり得る0.1%ぐらいの合併症リスクって、何があるんでしょうか?
大塚先生、いかがですか?

そうですね。0.1%くらいのリスクですと、CTやMRI検査の際に使う造影剤※によるアレルギーなどはイメージしやすいかもしれません。
造影剤:病気を発見しやすくするために使用する医薬品。血管に注射して入れる・経口摂取で入れるなどの方法がある。

たとえば、造影剤を入れるときに「こんなリスクがあるかもしれない」という説明や「造影剤のアレルギーはありますか」という質問を医師がしないまま、患者さんがアレルギーもしくはショックを起こして亡くなった場合、医師に責任はありますかね?
その患者さんには、過去に実際、そういう既往症があったとして。

感覚的に、何もリスク告知がなければ責任を問えるように思います。法的には説明義務違反となるのではないでしょうか。

先に述べた事例について言えば、亡くなったことに対しての責任ですね。
たとえば、「うちのおじいちゃんが一度、造影剤のアレルギーで呼吸困難を起こしたことあるのに、医師から何も説明されないままいきなり造影剤入れられて死んじゃったんです」という相談が来た場合、弁護士的にはどんな感覚で話を進めていきますか?

それは責任を問える可能性が高いですね。やはりリスクを回避すべき契機となる事実があれば注意義務の根拠となるので、過失が認定される可能性が高まると思います。

受任して「医療機関側の責任を追及しましょう」となりますか?

なりそうですね。弁護士としては、注意義務違反から過失責任を問えるだろうという推測が立ちますね。
もっとも、相手方の主張を聞いてみないと依頼者の一方的主張のみではわからないところもあるので、まずは相手方の意見を聞くような内容の書面を出して、相手方の主張を探ると思います。
結局、証拠としてのカルテの取り寄せ・検討から始めることになりそうですね。

おっしゃるとおりだと思います。ほとんどの弁護士が浅野先生と同様のことを考慮するのではないかと思います。
これに対して、医師側の言い分としてどんなものが考えられるでしょうか。市川先生、どうですか?

浅野先生の話を今聞いてしまったので、それはもう言い訳のしようもないようなことになるのではないかな、と思います……。

言い訳しようがないなかで、もしかしたら、あらゆる「こういうことがあったかもしれない」「ああいうことがあったかもしれない」というものはありませんか?
その辺の感覚は、弁護士が1番わからないところだと思うんです。つまり、何かしらの条件が付いていたとしても、言い訳できないでしょうか?

そうですね。たとえばこっち(医師側)は聞いたはずなのに、患者さんがちゃんと説明してくれなかったパターンもあるんですよね。「アレルギーはありますか?」って聞いたのに、そのときは「ない」って言っている。
それを書面にしていないから、言った言わないの話にされると、医師側が少し不利というか……。こちらは忙しいなか、きちんと聞いたのに、聞いてなかったことにされてしまう。

要するに、説明や確認をしたのにもかかわらず、患者さん側から「告知をきちんとしてくれなかった」と言われてしまうようなケースですね。

そうです。そして、説明や確認していたことが文書に残ってないという状況での勝負になってしまうと、ちょっと……。もちろん、病院側が履歴を残しておかなかったことが悪いのですけど……。
ただ、カルテに記載がなかったとしても、だいたい看護記録等が残っているのではないかと思いますけれどもね。
最近の病院はきちんと履歴を残すように指導されているので、大きな病院では問題ないことが多いと思いますが、開業医や小規模の病院だとどうでしょうか?

サインのある文書があったとしても、「おじいちゃん、同意のサインをしているけど、本当に理解してサインをしたのでしょうか?」と指摘されるような場合もあります。

そういった状況は、たしかにありそうですね。

たとえば軽い意識障害があるような患者さんに、造影剤検査の際に「過去にアレルギーなどはありませんでしたか?」と確認し、「ありません」と答えたので検査したところ、アレルギー症状が出てしまい、改めて確認すると「そういえば、そういうことが昔あったかも」と思い出されるようなことなどもあります。
この場合、患者さんの同意能力はどう判断すればよいのでしょうか。

ありますよね。先生方と似たような話ですが、その方が実は認知症があったとか、自分はアレルギーだと思ってなかったとか、そんなふうに全然違った理解をされているケースもあり得ますね。
以前、造影剤のアレルギーを起こしたことがあるのに「違うアレルギーだと思ってた」「アレルギー自体をよくわかってなかった」といった理由で、「アレルギーは何もありません」と答えて、それで検査された可能性が高いかなと思います。

そうですよね。条件が変わってくると、見える世界が変わってきますよね。患者さんが弁護士に最初に相談をするときには、自分の目線でしか話をしません。
だから患者さん側の弁護士としては「こんなこともあったのではないか」「あんなこともあったのではないか」ということを想定しないと、無理筋案件を受けてしまうことにつながってしまうと思います。

患者さんからの話を弁護士はどのように考え、対応していくのか

弁護士的な感覚だと、患者さんの親族の方から「うちのおじいちゃんが、造影剤アレルギーで呼吸困難になって大変だったことがあるにもかかわらず、何の説明も受けずに造影剤を入れられた」と言われたとき、何を想像しますかね?
そして、どういう方向で話を聞いていきますか?
医師からこういう話(アレルギーの確認をしたのに「聞かれていない」「説明されていない」と言われるケースなど)が聞けないとしたら、いかがでしょうか?太期先生はどうしますか?

そうですね、医師がアレルギーの兆候を少しでも知っていたのか、知る機会があったのかどうか、というところを重点的に聞き取りはしたいですね。
でも、弁護士としては依頼者の味方ですし、その話を前提に法律相談は進んでいくので、まずは依頼者の言い分ベースでカルテの開示請求等という流れになっていくと思います。

聞き取りをする相手は患者さんの遺族ですよね。
「絶対に聞いてないです、そんな話。医師も一言も言ってなかったです。書面を書いた覚えもないです。実際にカルテを請求したら、やっぱりそんな同意書なども入ってませんでした」と強く言われて、「先生いくらかかってもいいので、ぜひ病院をやっつけてください」と言われたらどうしますか?

医師の先生方から話を伺った今だったら、ちょっと考えますね。対依頼者としては、味方というポジションを取らざるを得ないですが……、通常の事件でもそうですが、医療事件の場合はわかりにくいことがほとんどなので、実際の訴訟の見立てや事案の筋はきちんと見分ける必要がありますね。

では、カルテを開示してみたところ、どこにもアレルギーの有無を確認した履歴がないとしたら、医療を専門としていない一般的な弁護士は、どのように見立てをすると思いますか?

まずは、その言い分を覆す客観的資料もないので、患者さん側の言い分が正しいと考え、医師側としては、確認すべき法的義務があるにもかかわらず、これを怠ったと考えると思います。

そうすると、争点は法的義務の有無ですね。そして、その法的義務があるとしたら、医師が法的義務を果たしたか否かとなりますかね。

たとえばですが、救急場面などで既往歴などが全くわからなくて患者さんのご家族に電話をして、造影剤も含めアレルギーの有無の確認する間に、容体が悪くなってしまったような場面において、医師が法的義務を果たしたか否かという観点からはどう判断されますか?
実際に、救急の場面では認知症の方が徘徊して転んでしまって倒れているところを搬送されたけど何も情報がわからない、持ち物が何もない、外国の方で言葉が通じない、というようなことなどがしばしばあります。

必要性が本当にあったかどうか、ではないでしょうか。

必要性の証明をすることが大事なのですね。

はい。検査結果や状態がカルテできちんと証明されていて、こういう状況でこういう理由で造影剤をやる必要性があった。なおかつ患者さんの家族とすぐに連絡が取れなくて、でも命にかかわるような緊急性のある場面で、造影剤を用いた検査が極めて有効なケースとか。

この二つの要件(必要性と緊急性)を満たせていれば、先ほどの事例であれば確認を取っていなくても違法とまでいえないでしょうね。
でも、それは相手からの反論があってから具体的に検討していく話なので、弁護士としては依頼を受けて、任意交渉、もしくは訴訟提起した後に具体的に主張・立証していくことになりそうです。

結局、リスクの捉え方は、患者さんや医師が考えている以上に専門的な分析が必要なわけですね。

医療事故や医療過誤は、現場に対する理解と想像力が求められる

先生方、ありがとうございました。医師と弁護士の「可能性」の捉え方だけでも、これだけの議論が白熱しますよね。
結局、生じた事象(医療事故や医療過誤等)自体の可能性を判断するためには、どのような状況だったのか、現場を具体的にイメージして、「こんなことがあったのではないか」「あんなことがあったのではないか」という想像力が大切だと言えると思います。

具体的にイメージするためには、単に裁判の数をこなしているだけでは足りず、医療現場に弁護士が足を運んで具体的に見ることが大切ですね。

具体的に医療現場で働いたことがない弁護士の先生方が医療現場をイメージすることは難しいので、事案の検討のためには、現場をよく知る医師と密にコミュニケーションを取ることが必要だと思います。

被害患者側をサポートしているベリーベスト法律事務所は、そのような医師とのコミュニケーションを取る機会を積極的にもって、事案の分析を慎重・丁寧にしていますよね。
鈴木弁護士とともに定期的に医療過誤の症例検討会に参加して、いつも勉強させていただいております。

こちらこそ、MIA法律事務所の先生方は医療機関側や医療法人のサポートをされているということで、意見交換はとても貴重な機会だと思っております。
この先も事案分析のための検討会を充実させていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。
