胎児の死亡・後遺障害をもたらした医療従事者に損害賠償請求できる?

出産時に胎児の死亡事故や後遺障害が生じてしまい、医療従事者に責任はないのだろうかと、つらく苦しいお気持ちを抱えている方もいるでしょう。
出産時のトラブルで胎児が死亡したり、後遺障害が生じたりした場合は、担当した医療従事者や医療機関に対して損害賠償を請求できる可能性があります。弁護士に相談をしながら、適正額の損害賠償を請求しましょう。
ベリーベスト法律事務所 医療調査・医療訴訟チームの弁護士が、胎児の死亡あるいは後遺障害が生じる原因となった医療過誤について、医療従事者や医療機関に対する損害賠償請求のポイントを解説します。
1、胎児の死亡や後遺障害をもたらす医療過誤とは
胎児とは、まだ生まれておらずに母体の中にいる子どものことです。民法上は、身体の全部が母体から露出した時点で出生し、「人」となるため(=全部露出説)、身体の一部でも母体の中にあれば胎児に当たります。
-
(1)医療過誤とは
医療過誤とは、医師その他の医療従事者の過失により、患者の症状が悪化したり、死亡したりしてしまう事故(人為的ミス)のことです。
医療過誤の被害に遭った患者やその遺族は、医療従事者や医療機関に対して損害賠償請求ができる可能性があります。
出産時には、胎児の死亡や後遺障害が生じることにつながってしまうような異常が発生することも少なくありません。このとき、医学的に避けられないケースもある一方で、医療過誤に当たるケースもあります。 -
(2)胎児の死亡や後遺障害につながる医療過誤の例
出産時に胎児が死亡に至った、または後遺障害が生じた原因が医療過誤であるケースとはどのようなものなのかと、疑問に思う方もいるでしょう。
以下に挙げるのは、胎児の死亡・後遺障害につながる医療過誤の一例です。- 医師が分娩監視を怠った結果、胎児が仮死状態であることに気づくのが遅れてしまい、死産となった(または、仮死状態の時間帯が長引いたために後遺障害が残った)
- 母体が子癇発作(異常な高血圧・けいれん・意識喪失などを起こす発作)を起こした際、医師が適切な処置を行わなかったため、死産となった(または、胎児に長期間にわたって大きな負担がかかったために後遺障害が残った)
- 必要回数以上の吸引分娩を行った結果、胎児が帽伏腱膜下血腫を発症し、出産後まもなく死亡した(または、頭部や脳機能などに後遺障害が残った)
このようなケースに心当たりがあったり、その他の医療過誤を疑ったりしている際は、ベリーベスト法律事務所までお問い合わせください。
2、胎児の死亡や後遺障害に関する損害賠償請求
医療過誤によって胎児が死亡したり、後遺障害が生じたりした場合は、生まれてきた子ども本人またはその家族は、医療機関側に対して損害賠償請求できる可能性があります。
-
(1)胎児自身の損害賠償請求権
民法上、私権(権利)は出生に始まるとされているため(民法第3条第1項)、胎児は権利能力を有しない(=権利を取得できない)のが原則です。
しかし損害賠償請求権については、「胎児はすでに生まれたものとみなす」とされております(民法第721条)。これは、胎児である間に被った損害についても、出生後に賠償請求できることを定めたものです。
しかし、胎児が死産となった場合には、胎児自身の損害賠償請求権は遡って発生しなかったことになり、父母自身が所有する損害賠償請求権から、慰謝料のみを請求することになります。 -
(2)胎児の父母の損害賠償請求権
胎児が死亡したり、後遺障害が生じたりしたことに伴い、父母が強いられた支出は損害賠償請求の対象です。
前述のとおり、医療過誤によって胎児が死産となった場合には、これを父母固有の損害として慰謝料請求することになります(民法第709条)。
死産ではなく、医療過誤によって出生後に胎児が死亡した場合は、胎児の損害賠償請求権を父母が相続人として行使することができ、積極損害や消極損害および死亡慰謝料を請求することが可能です。
さらに、胎児が死亡した場合に限らず、死亡に比肩するほど大きな精神的苦痛を受けた場合にも、父母固有の慰謝料請求権が発生すると解されています(最高裁昭和33年8月5日判決)。たとえば、出産時の医療過誤によって胎児に重篤な後遺障害をもたらした場合は、父母固有の慰謝料請求権が発生する可能性が高いです。しかし、胎児自身の損害賠償請求権を行使し、積極損害や消極損害および後遺障害慰謝料を請求することもできます。 -
(3)賠償の対象となる主な損害項目
医療過誤による胎児の死亡または後遺障害について、賠償の対象となる主な損害項目をご紹介します。
<損害賠償請求の対象となる損害項目>
① 積極損害…家族が実際に支出を強いられ、または(後遺障害残存の場合)将来的に支出を強いられる費用
- 治療費
- 付添費用(家族または職業付添人)
- 入院雑費(日用品などの購入費用)
- 通院交通費
- 装具、器具の購入費
- 介護費用
- 葬儀費用
② 逸失利益…死亡または後遺障害により、将来にわたって得られなくなった収入
- 後遺障害逸失利益
- 死亡逸失利益
③ 慰謝料…入通院、死亡または後遺障害によって被った精神的損害の賠償金
- 入通院慰謝料
- 後遺障害慰謝料
- 死亡慰謝料(被害者自身の慰謝料、父母の慰謝料)
3、胎児の死亡や後遺障害について、医療従事者が負う責任
医療過誤による胎児の死亡または後遺障害については、担当した医療従事者および医療機関が以下の法的責任を負います。
このうち、胎児および家族が直接追及できるのは、担当者の不法行為責任と医療機関の使用者責任です。
-
(1)担当者の不法行為責任
胎児の出産を担当した医師などの医療従事者に過失があった場合は、その医療従事者が不法行為に基づく損害賠償責任を負います(民法第709条)。
-
(2)医療機関の使用者責任
過失があった医療従事者を雇用する医療機関も、使用者責任に基づく損害賠償義務を負います(民法第715条第1項)。
この場合、担当の医療従事者と医療機関は共同不法行為者に当たるため、胎児および家族は、被った損害全額の賠償を医療従事者と医療機関のどちらに対しても請求することが可能です(民法第719条第1項、ただし二重取りは不可)。 -
(3)刑事責任・行政上の責任
胎児の間に医療過誤によって胎児が傷害を負い、出生後に死亡し、または後遺障害を負った場合には、担当医や医療機関は、業務上過失致死傷罪の責任を問われる可能性があります(刑法第211条)。
法定刑は、5年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金です。
被害者または遺族は、担当医や医療機関を刑事告訴できますが(刑事訴訟法第230条)、実際の刑事訴追は検察官が行います。
また医師については、戒告・3年以内の医業停止・医師免許の取り消しの行政処分を受ける場合があります(医師法第7条第1項)。
ただし、実際に医療過誤事件において行政処分が行われることがあり得るのは、医師に故意や極めて重大な過失が認められる場合などに限られる傾向にある点にご留意ください。
4、胎児の死亡や後遺障害が問題となった裁判例
胎児の死亡または後遺障害につき、医療過誤の成否が争われた裁判例として、以下の2つを紹介します。
-
(1)名古屋地裁平成21年6月24日判決
出生した子どもに脳性まひによる後遺障害が残ったことについて、医療機関側の分娩監視を怠った過失の有無等が争われた事案です。
名古屋地裁は、分娩監視に当たっていた准看護師が、変動一過性徐脈が持続・反復していたことを確認した時点で、医師に対して上申・相談すべき注意義務があったとして、それを怠った准看護師の分娩監視義務違反を認定しました。
その上で、准看護師が医師に対して上申・相談をしていれば、母体の体位変換・母体の酸素吸入・陣痛抑制・母体アシドーシスの補正等の処置や急速遂娩が行われ、より早く低酸素状態の改善等が図られることになるため、後遺障害の発生を防ぐことができた高度の蓋然(がいぜん)性が認められると判示しました。
他方で名古屋地裁は、上記の措置等を行ったとしても、実際よりは軽度とはいえ一定の後遺障害が残った可能性は高い旨を指摘し、逸失利益および後遺障害慰謝料を減額しました。
結論として名古屋地裁は、逸失利益として2089万7673円、介護費用として5123万4228円、後遺障害慰謝料として2000万円など、総額1億円を超える損害賠償を医療機関側に対して命じました。 -
(2)東京地裁平成14年12月18日判決
母体が常位胎盤早期剝離に陥ったため、帝王切開により娩出された胎児が死亡した事案です。遺族は、帝王切開の実施が遅れたことにつき、医療機関側の過失を主張して損害賠償請求訴訟を提起しました。
東京地裁は、性器からの外出血や腹痛といった常位胎盤早期剝離の典型的な臨床症状が認められ、さらに超音波検査によって他の出血性疾患である前置胎盤の可能性が排除されていたことから、常位胎盤早期剝離を強く疑った上で総合的診断を行うことが必要な状況だったと認定しました。
しかし、担当医師は上記の状況にもかかわらず、母体に対して総合的診断のための検査を行いませんでした。
総合的診断の結果、常位胎盤早期剝離が濃厚に疑われる場合は、子宮口が全開大(約10cm開いた状態)であるような例外的な場合を除き、直ちに帝王切開を実施する必要があります。しかし、総合的診断を怠った担当医師は、上記のような適切な措置をとらなかったため、東京地裁は担当医師の過失を認定しました。
結論として東京地裁は、胎児が死産であったことから逸失利益の損害賠償を否定したものの、医療機関側に対して慰謝料を中心に総額3200万円の損害賠償を命じました。
5、まとめ
医療過誤が原因で胎児が死産となったり、出産後に死亡したり、または後遺障害が生じてしまったりといった場合には、医療機関側に対する損害賠償請求を検討しましょう。
医療過誤の損害賠償請求は長期化するケースが多く、また実際に損害賠償が認められる事案であるのかどうかの見通しを立てるためには綿密な医療調査等が必要になるため、弁護士へのご依頼をおすすめします。
ベリーベスト法律事務所は、医療過誤に関するご相談を随時受け付けております。
出産で子どもが亡くなってしまった、または後遺障害を負ってしまったのは医療機関側の責任ではないかとお考え方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
ベリーベスト法律事務所では、経験豊富な医師や弁護士、医師兼弁護士等の協力体制を整備し、医療調査・医療訴訟チームも組成しております。誠心誠意、真心込めてご対応いたしますので、安心してご相談ください。
- 所在地
- 〒106-0032 港区六本木一丁目8番7号 MFPR六本木麻布台ビル11階(東京オフィス)
- 設立
- 2010年12月16日
- 連絡先
- [代表電話]03-6234-1585 [ご相談窓口]0120-056-095
※代表電話からは法律相談の受付は行っておりません。ご相談窓口よりお問い合わせください。 - URL
- https://www.vbest.jp
その他の産婦人科のコラム
-
産婦人科帝王切開で最愛の妻が死亡|遺族は医療機関側の責任を追及できるのか産婦人科待ちに待った出産日。しかし、帝王切開手術の際の医療事故が原因で、とても大切にしていた最愛の妻が死亡に至ってしまったというケースもゼロではありません。実際に帝王...
-
産婦人科出産時の大量出血で死亡|医師の過失を問うときのポイントとは産婦人科出産は新しい命を迎える幸せに満ちた出来事であるはずですが、母親もしくは胎児に後遺障害が生じる・死亡に至るなど、予想外の結果を招くこともあります。そんなとき、「...
-
産婦人科産婦人科を訴えたい! 訴訟に関する基礎知識と注意点を弁護士が解説産婦人科「帝王切開の後、子どもに後遺障害が残った」「手術後に出血が続き、子宮を摘出された」「出産中の容態急変により、妻が死亡した」このような出産中のトラブルが生じた場...