患者側が治療拒否をしたことによって患者が死亡したとき、医師に責任を問えるのか?

患者が治療を拒否した結果、亡くなってしまったことに対して、その家族は、「医師はどうして治療を強く勧めてくれなかったのか」と怒りを覚えることがあるでしょう。
患者自身が治療を拒んだ後に死亡したケースでも、医師が治療の必要性について十分な説明をしなかった場合は、遺族は医療機関側に対して損害賠償を請求できることがあります。
本コラムでは、治療拒否をした患者が死亡に至ってしまった場合における損害賠償請求の可否や手続きなどについて、ベリーベスト法律事務所 医療調査・医療訴訟チームの弁護士が解説します。
1、【知っておきたい】インフォームド・コンセントとは
患者が受ける治療に関しては、インフォームド・コンセント(informed consent)という考え方が浸透しています。
インフォームド・コンセントとは、患者が医師から病態や治療法について十分な説明を受け、納得した上で治療に関して同意することを意味します。患者が有する人格権(自己決定権)の一環として、「治療はインフォームド・コンセントに基づいて行われるべきである」というのが広く普及した考え方です。
また、インフォームド・コンセントの派生形として、インフォームド・チョイス(informed choice)やインフォームド・ディシジョン(informed decision)といった考え方も重要とされています。
- インフォームド・チョイス:標準治療と自由診療、手術と化学療法などのように、複数の選択可能な治療方法がある場合に、医師から十分な説明を受けたり、情報を集めたりした上で治療方法を選択すること
- インフォームド・ディシジョン:インフォームド・チョイスによって選択した方法により、実際に治療を受けるかどうかを自己決定すること
医師から治療を受けるとき、患者として、治療について選択するための概念があるということは知っておくべきポイントです。
2、治療拒否の2パターン|患者側による拒否・医療機関側による拒否
患者にとって必要な治療があるにもかかわらず、患者または医療機関のいずれかが治療を拒否するケースも存在します。
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(1)患者側が治療を拒否する場合
治療しなくてはならないのに、患者側がそれを拒否する理由としては、以下のようなことが考えられます。
- 家族に迷惑がかかる形での延命を望まず、治療中止を希望しているから
- 治療費を用意できないから
- 治療を受けるのが怖いから
- 信仰する宗教において、その治療が禁止されているから
- 自身の病態と治療の必要性を誤解しているから
特に人工透析治療やがん治療など、肉体的な負担が大きい治療については、患者が拒否するケースも少なくありません。
医師から十分な説明を受け、納得した上で治療を拒否するのであれば、それは自己決定権の範疇であり問題はないと考えられます。
これに対して、患者が病態と治療の必要性を誤解している状態で治療を拒否した場合、医師は治療を受けるよう説得しなければなりません。医師が十分な説得を行わなかった場合には、患者に対して損害賠償責任を負うことがあります。 -
(2)医療機関側が治療を拒否する場合
医療機関側の事情により、患者にとって必要な治療の実施が拒まれるケースもあります。
医療機関側が治療を施さない主な理由としては、以下の例が挙げられます。
- 医師にとって専門外の治療だから
- 医療機関に設備がなく、その治療を行えないから
- 病床が埋まっており、患者を受け入れることができないから
自院で患者に必要な治療を実施できない場合、医療機関はほかの医療機関へ紹介して転院させなければなりません。この転院義務を怠った結果として患者の症状が悪化した場合には、医療機関に対する損害賠償を請求できる可能性があります。
3、【裁判例解説】患者による治療拒否後の死亡について、医師が負う責任の有無
東京地裁平成18年10月18日判決の事案では、患者が必要な治療を拒否した後に死亡したことについて、医師の責任の有無が争われました。同事案の概要と結論、判断のポイントを解説します。
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(1)事案の概要
心疾患の疑いがあるとして医師の診察を受けていた患者の容体が急変し、大動脈弁閉鎖不全症およびうっ血性心不全により死亡した事案です。
患者の遺族は、病院を経営する学校法人に対して損害賠償を請求しました。
患者の心疾患は重大なものでしたが、患者自身は心疾患がそれほど重大なものではないと誤解していました。
そのため患者は、医師から入院精査の必要性があると伝えられても、仕事が多忙であることや、以前に受けたカテーテル検査の負担が重かったことなどを理由に拒否しました。
本事案においては、患者本人およびその妻に対して、医師が入院を十分説得しなかったことに関する過失の有無が主な争点となりました。 -
(2)結論・判断のポイント
東京地裁は、結論として医療機関側の責任を認め、患者の遺族に対して1億939万538円の損害賠償と遅延損害金の支払いを命じました。
東京地裁は、治療を受けるかどうかは患者が自ら決定すべき事項であるとしつつ、治療による結果や不都合は専門的知識がなければ正確に認識できないため、医師は患者に対して判断に十分な情報を説明する義務があるとしました。
また、患者が自らの身体状態や必要な治療に対する評価について誤解をしていると医師が予見できる場合は、その誤解を解くために十分な説明をする義務があるとしました。
その上で、本事案においては以下の事情があったため、患者は自己の病状の重大性を誤解しており、そのために入院を拒否したのであると認定されました。
- 患者は20年以上心疾患を理由として病院で診察を受けておらず、しかも無症状と認識していた
- 患者は会社の取締役であり、会社の増資および株式市場への上場のために激務をこなしていた
- 患者は家族から病院に行くように言われても、当初はこれを拒絶する姿勢を示していた
- 処方された薬剤の効果によって病状が改善し、医師から見ても比較的元気であって、突然死などが想定し難い状態まで回復していた
東京地裁は、このような誤解から自身の病状を正確に認識していない患者に対し、医師はまずその誤解を解く必要があると指摘しました。東京地裁は必要な対応の具体例として、以下の内容を挙げています。
- 患者に対して病態を正確に説明する
- 夏休みをとってもらって、一時的に入院することを提案する
- とにかく入院させた上で検査を行って、その結果を示して入院の継続を説得する
しかし実際には、医師は抽象的に入院精査の必要がある旨を告げたにとどまり、それ以上の説得の試みをしなかったことが認定されました。
さらに東京地裁は、医師が漫然と経過観察を続けたことは、患者の誤った認識を是認し、その誤解を助長するものと言わざるを得ないと指摘し、医師の注意義務に積極的に反する行為であると断じました。
上記をまとめると、本事案では、特に以下の2点が判断のポイントになったと言えます。
- 患者の受診経過や仕事の状況などから、患者自身が病状や治療の必要性を誤解しても無理はない事情があったこと
- 医師が患者に対して入院を十分に説得せず、漫然と経過観察を続けたこと
4、医療過誤の責任を追及する手続きの流れ
医師や医療機関に対し、医療過誤に関する損害賠償を請求する際の手続きの流れは、大まかに以下のとおりです。
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(1)損害賠償請求の準備|医療調査・証拠の確保・見通しの検討など
医療過誤の損害賠償請求に当たっては、まず患者の症状が悪化した原因を調査しなければなりません(=医療調査)。
医療調査の目的は、医師の過失や因果関係に関する有力な証拠を確保することです。専門医と連携のある弁護士に依頼し、多角的に医療調査を行いましょう。
また、医療過誤に関する損害賠償請求は、常に成功するとは限りません。証拠が十分にそろわず、敗訴してしまうこともあります。
敗訴すると費用倒れに終わってしまうので、損害賠償請求の成否について、弁護士と相談しながらあらかじめ見通しを立てることが重要です。 -
(2)医療機関側との示談交渉
医療過誤の損害賠償請求は、まず医療機関側との示談交渉を通じて行うのが一般的です。
医療調査の結果を示しながら、医療機関側に損害賠償義務があることを説得的に主張しましょう。そうすれば、医療機関側の譲歩を引き出せる可能性があります。
弁護士に示談交渉を依頼すれば、遺族の負担が軽減されるほか、説得的な主張によって示談交渉が早期にまとまる可能性が高まります。 -
(3)医療ADR
各都道府県弁護士会が実施する医療ADRを利用することも、損害賠償請求の方法として有力な選択肢と言えます。
医療ADRとは、仲裁人である弁護士が医師の専門的な意見を聞きつつ、医療紛争の公正な解決を図る手続きです。
仲裁人に対して患者側の主張が合理的であることをアピールするため、弁護士と相談しながら主張・立証の戦略を検討しましょう。
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(4)医療訴訟
示談交渉や医療ADRなどでの解決が困難な場合は、最終的に訴訟で解決を図ることになります。
医療訴訟では、患者側が医師の過失や死亡との因果関係など、損害賠償請求権の要件事実を立証しなければなりません。
医療調査や主張・立証の戦略立案を含めて、高度に専門的な対応が求められるため、弁護士と協力しながら粘り強く戦いましょう。
5、まとめ
患者が治療を拒否することは自己決定権の範疇ですが、それは医師から十分な説明を受けていたことが前提です。医師が病態や治療の必要性を十分に説明していなかった場合は、治療拒否後に死亡した場合でも、医療機関側に対して損害賠償を請求できます。
ベリーベスト法律事務所は、医療過誤の損害賠償請求に関するご相談を随時受け付けております。大事なご家族が亡くなられたことに関して、医療機関側の責任を追及したいとお考えの方は、医療調査・医療訴訟チームを編成するベリーベスト法律事務所にご相談ください。その分野に詳しい医師や医師兼弁護士と連携しながら、医療調査による見立てやサポートを行います。
- 所在地
- 〒106-0032 港区六本木一丁目8番7号 MFPR六本木麻布台ビル11階(東京オフィス)
- 設立
- 2010年12月16日
- 連絡先
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※代表電話からは法律相談の受付は行っておりません。ご相談窓口よりお問い合わせください。 - URL
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