術中覚醒を理由とした医師への責任追及で知っておくべきこと

全身麻酔を用いた手術では、手術が終わるまで完全に意識が無くなることが予定されています。しかし、何らかのトラブルで麻酔が切れてしまうなどといった事態が生じると、手術中に目が覚めてしまうこと(=術中覚醒)があります。
術中覚醒があると、手術中の痛みや苦しさを感じてしまうことになるため、術後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症してしまうケースが少なくありません。このような後遺障害が生じてしまったときは、医療機関側に対して、責任追及をしたいとお考えになる方もいるでしょう。
本コラムでは、術中覚醒をした際の責任追及で知っておくべきポイントについて、ベリーベスト法律事務所 医療調査・医療訴訟チームの弁護士が解説します。
1、全身麻酔後、術中覚醒してしまう確率と原因
ここでは、全身麻酔での手術時、術中覚醒をしてしまうのにはどのような原因があるのか、どのくらいの頻度で術中覚醒が起きてしまうのかを解説していきます。
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(1)全身麻酔の目的と効果
麻酔には、患者の意識をなくして眠らせる全身麻酔と、患者の意識を保った状態で局所的に痛みを感じなくさせる局所麻酔の2種類があります。
歯科処置や体表面の小さな傷口の縫合などは、多くの場合、局所麻酔で行いますが、入院を要する手術の多くは全身麻酔により行われます。<全身麻酔の主な目的と効果>- 鎮痛……患者の痛みを軽減させる
- 鎮静……患者の意識を消失させる
- 筋弛緩……筋肉の緊張を緩め、患者の体の動きを抑える
患者が手術中に恐怖を感じて動き出したり、痛みを訴えて暴れ出したりしてしまうなどすると、手術を行うことができません。全身麻酔は、医師が問題なく手術(特に恐怖や痛みを強く伴うであろう手術)を進めるために必要な手段といえるでしょう。
なお、全身麻酔では自発呼吸も弱まることになるため、人工呼吸器での呼吸サポートが不可欠です。 -
(2)術中覚醒の確率と原因
全身麻酔での手術中に目が覚めてしまうことを、術中覚醒といいます。
患者の意識を消失させるために必要な麻酔薬の量には個人差があり、誰もがみんな、同じだけの量を投与されているというわけではありません。麻酔科医が、脳波、血圧、心拍数などを考慮しながら、適切な投与量となるように調整しているのです。
そのため、術中覚醒が生じるケースは、そこまで多くはなく、0.2%から0.4%程度だといわれています。<術中覚醒が起きてしまう原因の例>- 麻酔薬の投与量不足
- 麻酔薬の投与が何らかの原因で中断される
- 想定以上の強い手術侵襲(痛みや刺激などの負担がある行為)
麻酔薬の作用には、血圧を低下させ、心臓の働きを抑制する働きがあります。そのため、外傷への緊急手術や重い心臓病の手術、帝王切開などの手術では、手術中に十分な量の麻酔薬の投与ができず、術中覚醒が生じる可能性が比較的高いといわれています。
いずれにしても、患者の術中覚醒を防ぐには、医師による定期的なポンプ動作や点滴速度、脳波モニターの確認が必要です。
2、術中覚醒により発症し得るPTSDとは
術中覚醒によって生じる可能性があるPTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、どのようなものなのかを解説していきます。
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(1)PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは
PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、生死にかかわるような強い恐怖や痛みなどを体験したことにより、時間が経過した後もその当時の様子がフラッシュバックして、不安や緊張を感じてしまう状態のことです。
PTSDを引き起こす原因としては、主に、自然災害、性的暴行、交通事故などが挙げられますが、全身麻酔による手術での術中覚醒もその原因のひとつとなり得ます。<PTSDの症状例>- 侵入症状、再体験症状……何らかのきっかけで当時の記憶がフラッシュバックする症状
- 回避、感覚麻痺……当時の記憶を思い出すような状況や場所などを避けたり、感情が鈍くなったりするなどの症状
- 認知、気分異常……否定的な感情が強くなったり、周囲への興味関心がうせたりする状態
- 過覚醒症状……いつまでも気持ちが高ぶっているような状態になり、神経が過剰に敏感になる症状
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(2)PTSDの診断基準
PTSDの診断は、非常に細かい診断基準があります。
詳細の説明は割愛しますが、おおむね以下のような基準によりPTSDの診断が行われます。<PTSDの診断基準の例>- 外傷的出来事を直接的または間接的に体験したことがある
- 症状が1か月以上続いている
- 症状が重大な苦痛を引き起こしている、または日常生活に大きな支障をきたしている
- PTSDに関連する各症状(侵入症状、再体験症状、回避、感覚麻痺、認知・気分異常、過覚醒症状)がいくつか認められる
3、術中覚醒を理由に医師への責任追及はできるのか
術中覚醒を理由に医師への責任追及をするためには、定められた要件を満たす必要があります。ここからは、どんな要件が求められるのかを見ていきましょう。
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(1)術中覚醒により損害が生じた
術中覚醒によりPTSDの症状が表れ、何かしらの損害が生じている場合、PTSDという後遺障害が発生したことによる損害賠償請求をすることができる可能性があります。
<損害賠償請求できる項目の例>- PTSDの治療にかかった治療費
- PTSDにより仕事を休んだことで減った給料(休業損害)
- PTSDで入通院を余儀なくされたことにより慰謝料(入通院慰謝料)
- PTSDという後遺障害が生じたことによる慰謝料(後遺障害慰謝料)
- PTSDにより将来の収入が減少する分の補填(逸失利益)
単に術中覚醒が起きたというだけで、その後、何の症状もあらわれていない場合には、「損害」にあたるものがないため、医療機関側に対する損害賠償責任を追及することはできません。
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(2)術中覚醒が起きたことについて、医療機関側に過失がある
医療機関側の責任追及をするためには、術中覚醒が起きたことについて、医療機関側に過失(不注意により生じた失敗)が存在しなければなりません。
麻酔薬の投与の際に「患者の体重」「目標とする濃度」「投与の速度」などの設定ミスがあった、あるいは脳波・血圧・心拍数などの変化があったにもかかわらずそれを見落とした、などの過失が認められるケースであれば、責任追及を行える可能性があります。 -
(3)客観的な証拠があること
医療機関側に対する責任追及をする際には、被害患者側において、医療機関側の責任を主張・立証していかなければなりません。そのためには、医療機関側の過失や因果関係、生じている損害などを裏付ける客観的な証拠が不可欠です。
十分な証拠がない状態では、医療機関側の責任追及を行うことは難しいといえますので、医療過誤の問題に詳しい弁護士に相談しながら、証拠収集を進めていくとよいでしょう。
4、医師への責任追及で弁護士に相談するべき理由
術中覚醒を理由とする医師への責任追及をお考えの方は、弁護士に相談することをおすすめします。
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(1)精神的負担を大幅に軽減することができる
医療機関側の責任を追及する際には、まずは被害患者側と医療機関側の話し合いによる解決を図ることになります。
しかし、術中覚醒によりPTSDの症状があらわれてしまった被害患者本人が、当時の記憶を思い出すきっかけになる病院を訪れたり、医師と対峙したりすることは、PTSDの症状を悪化させる原因になりかねません。自分ひとりで対応すること自体が難しく困難でしょう。
弁護士に依頼をすれば、被害患者やそのご家族に代わって、弁護士が医療機関側との交渉を担当いたしますので、精神的負担は大幅に軽減されるでしょう。 -
(2)医療調査(見立て)で責任追及の可能性を知ることができる
医療問題は、医学的知識、法律知識がなければ医療機関側の過失や因果関係の有無がわからず、被害患者側では責任追及の可否を判断することができません。
弁護士であれば、任意開示または証拠保全という方法により、医療機関側の責任追及に必要となる医療記録等を入手することができます。また、医療問題に詳しい弁護士であれば、協力医との連携をしながら膨大な医療記録を精査し、医療機関側の問題点を明らかにしていくことが可能です。
医療機関側への責任追及の前提としては、このような医療調査が不可欠となりますので、まずは医療問題に詳しい弁護士にご相談ください。 -
(3)どのような損害賠償金を請求できるか知ることができる
医療過誤(医療ミス)が生じた場合には、被害患者側にはさまざまな損害が発生します。
医療機関側の責任追及をするためには、被害患者側にどのような損害が生じたのかを正確に把握し、算定しなければなりません。
損害項目や損害額に漏れがあれば、本来請求できたはずの損害を請求できず、不十分な被害回復となってしまうおそれもありますので、そのような事態を回避するためにも、弁護士にサポートを依頼しましょう。
5、まとめ
全身麻酔による手術では、0.2%から0.4%の確率で術中覚醒が起きるといわれています。
術中覚醒が起きると、手術中の恐怖のほか、苦しさや痛みなどの記憶が残ってしまい、それがきっかけでPTSDになることもあります。
医師の過失による術中覚醒でPTSDなどの症状があらわれた場合には、医療機関側の責任追及ができる可能性があるため、まずは弁護士に相談しましょう。
ベリーベスト法律事務所では、医療調査・医療訴訟チームを編成し、複雑な医療過誤の問題に取り組んでいます。
その分野に詳しい医師や医師兼弁護士との連携により医療機関側の責任を明らかにしていくため、術中覚醒など麻酔に関するトラブルでお悩みの際は、ベリーベスト法律事務所までご相談ください。
- 所在地
- 〒106-0032 港区六本木一丁目8番7号 MFPR六本木麻布台ビル11階(東京オフィス)
- 設立
- 2010年12月16日
- 連絡先
- [代表電話]03-6234-1585 [ご相談窓口]0120-056-095
※代表電話からは法律相談の受付は行っておりません。ご相談窓口よりお問い合わせください。 - URL
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