きちんと説明してくれないまま、治療を進めた医者は説明義務違反?

病気や怪我の治療をする際には、一般的に、医者から病気や怪我の状態、治療方針、治療のリスクや副作用などの説明を受けることになります。
このような説明は、患者自身が適切な治療を選択するために非常に重要なことです。しかし、医者によっては、治療前の説明が不十分なケースだけでなく、そもそも説明してくれないようなケースもあります。適切な説明がないまま治療が進み、後遺障害が生じてしまった場合には、医者に対してどのような根拠で、どのような責任を追及することができるのでしょうか。
本コラムでは、医者による説明義務違反と損害賠償責任について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
1、治療に関して医者が患者に説明するべきこと
医者は、治療に関して患者にどのような説明をする義務があるのでしょうか。まずは、医者による説明義務について説明します。
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(1)説明義務の内容
医者が患者側に対して説明しなければならない内容は、厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針の策定について」で規定している7つの指針が目安になります。
<医者が患者に説明しなければならないとされる内容>- ① 現在の症状および診断病名
- ② 予後
- ③ 処置および治療の方針
- ④ 処方する薬剤について、薬剤名、服用方法、効能および特に注意を要する副作用
- ⑤ 代替的治療法がある場合には、その内容および利害得失(患者が負担しなければならない費用が大きく異なる場合、それぞれの場合の費用を含む)
- ⑥ 手術や侵襲的な検査を行う場合、その概要(執刀者や助手の氏名を含む)、危険性、実施しない場合の危険性および合併症の有無
- ⑦ 治療するという目的以外に、臨床試験や研究などといった他の目的も有する場合には、その旨および目的の内容
上記は、あくまでも一般的に必要とされる項目であり、事案によっては、上記に含まれない項目についても説明すべき義務が生じることもあります。
医者の説明義務は、患者の自己決定権を尊重するために求められるものであるため、患者が適切な判断を下せるよう、十分な説明が行わなければなりません。 -
(2)説明義務とインフォームドコンセント
インフォームドコンセントとは、患者が自己の病状などについて十分な説明を受け、理解した上で自主的に選択・同意・拒否できるプロセスのことです。
患者に対する医者の説明義務は、患者の自己決定権を実現する前提として必要とされるものですので、インフォームドコンセントと密接な関係を有しています。
このように、医者の説明は、患者の自己決定の前提としてなされること、および診療契約の当事者が患者であることから、医者が説明すべき相手は、患者本人であるのが原則です。
ただし、未成年者や重度の精神障害者など患者自らが判断する能力を有していない場合は、患者の自己決定権を代行する法定代理人や保護者などに説明する必要があります。
2、治療前にちゃんと説明してくれない医者は説明義務違反?
医者が医療行為の同意を患者に求めるとき、どの程度の説明をすべきかについては、いくつかの考え方があります。
医者の説明義務が患者の自己決定に役立つものであり、かつ、それが医者に規範的に要求されているものであることからすると、当該患者が同意に際して必要としていると予見できる事柄について、平均的水準の医者が知っている情報、または知るべき情報を提供すべきとの考え方が妥当だと考えられています。
このように、医者の説明義務は、通常、医者として行うべき説明義務を果たしたかどうかという点が問題となるのであり、医者が説明するときの態度や言い方に不満があったとしても、それ自体で医者の説明義務違反となるわけではありません。
「ちゃんと説明してくれない」というのは、医者の態度や言い方の問題であるのか、はたまた治療前に説明するべき情報を説明してくれなかったという問題であるのか、整理してみましょう。
3、説明義務違反による損害賠償請求
医者による説明義務違反によって損害を被った場合には、医者に対して、損害賠償請求ができる可能性があります。
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(1)説明義務違反の法的根拠
医者と患者との間には、治療にあたって診療契約が締結されます。
診療契約は、医者が善良な管理者の注意をもって、診療当時の医療水準に従い、適切な治療法を施すことを債務の内容とする準委任契約です。
そして、医者は、診療契約に基づく受任者の報告義務として、説明義務を負っていると考えられています。そのため、医者の説明が不十分であった場合には、診療契約上の債務不履行となり、医者に対して損害賠償請求をすることが可能です。 -
(2)説明義務違反と損害の範囲
一般に、医療行為が債務不履行にあたり、それによって生じた結果との間に因果関係がある場合には、治療費、休業損害、逸失利益、慰謝料などの損害賠償請求をすることができます。
しかし、多くの裁判例では、説明義務違反については、説明義務が尽くされていたならば患者は当該医療行為を受けることに同意しなかったであろうという因果関係が認められずに自己決定権が侵害されたことに対する精神的苦痛のみが損害として認められるにすぎません。
そのため、説明義務違反を理由とする損害賠償請求では、裁判になったとしても少額の認定にとどまるケースがほとんどです。 -
(3)損害賠償請求をする場合には弁護士に相談を
医者による説明義務違反があったとして、医者に対して損害賠償請求を検討している方もいるでしょう。しかし、説明義務違反があったとしても損害賠償請求が必ず認められるというわけではありませんので、まずは、弁護士に相談することをおすすめします。
医者の説明義務違反をはじめとした医療事故・医療過誤の事案においては、「何が行われたのか」という事実関係の調査が必要です。ただし、カルテや検査結果などの資料のほとんどは病院側にあり、一般の方ではカルテを見ても何が行われたのかを理解することができません。
弁護士であれば、開示請求や証拠保全などの手続きにより、必要となる証拠を収集することができます。また、医療事故・医療過誤事案の経験豊富な弁護士であれば、カルテなどの精査により、医者や病院側の責任追及が可能であるかどうかの「見立て」をすることも可能です。
このような見立てをせずに、いきなり損害賠償請求をしたとしても納得いく解決を図ることは困難といえます。医者が十分な説明をしてくれないため、予期せぬ結果が生じてしまったという場合には、ひとりで行動する前にまずは弁護士に相談するようにしましょう。
4、説明義務違反で争いとなった「エホバの証人」事件
医者の説明義務違反が問題となった有名な裁判に、「エホバの証人」事件というものがあります。以下では、この事件についての概要や裁判所の判断について、わかりやすく説明します。
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(1)事案の概要
病院は、宗教上の信念からいかなる場合にも輸血を拒否する明らかな意思を有している患者に対して、「他に救命手段がない場合には輸血をする方針をとっている」ということを説明することなく手術を行い、結果として救命のために輸血を行いました。
これに対して、患者側は、以下の理由から病院を相手にし、訴えを提起しました。- 診療契約締結の際に、いかなる事態になっても輸血を行わない合意(絶対的無輸血の合意)をしたにもかかわらず、輸血を行ったのは債務不履行に該当する
- そのことにより患者の自己決定権および信教上の良心を侵害された
なお、エホバの証人は、世界中に信徒をもつ宗教であり、教理によって信徒に輸血の制限をしていることから、信者である患者が手術の際に救命に必要な輸血を拒むというケースが発生しています。
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(2)裁判所の判断
裁判所は、患者が宗教上の信念に反することを理由に、輸血を伴う医療行為を拒否する明確な意思を有している場合、このような意思を決定する権利は、人格権の一内容として尊重されなければならないとしました。
そして、病院側の義務として、輸血以外に救命の手段がない事態に至ったときには輸血するとの方針をとっていることを説明し、手術を受けるかどうかを患者自身の意思決定に委ねるべきであったと認めました。
その結果、本件事案では、輸血を伴う可能性のあった手術を受けるかどうかについての意思決定をする権利を奪われたという点で人格権侵害があったと認定し、病院側に慰謝料の支払いを命じました。
5、まとめ
治療後になって、医者から説明を受けていない後遺障害が生じてしまったなどのことから不安な気持ちになっている方もいらっしゃるでしょう。
医者には、診療契約上の説明義務が課されていますので、患者が適切な判断を下せるよう、十分な情報を説明することが必要です。このような説明義務が果たされず、患者側に損害が生じた場合には、医者または医療機関側の法的責任を追及できる可能性があります。
医者の説明義務違反などの医療事故・医療過誤の事案については、弁護士のサポートがなければ、病院を相手に争っていくのは非常に困難です。
ベリーベスト法律事務所では、医療調査・医療訴訟チームを編成し、経験豊富な弁護士と医師が協力して、複雑な医療事故・医療過誤の問題解決に取り組んでいます。
医者の説明義務違反から損害賠償請求を検討している方は、まずは、ベリーベスト法律事務所までお気軽にご相談ください。
- 所在地
- 〒106-0032 港区六本木一丁目8番7号 MFPR六本木麻布台ビル11階(東京オフィス)
- 設立
- 2010年12月16日
- 連絡先
- [代表電話]03-6234-1585 [ご相談窓口]0120-056-095
※代表電話からは法律相談の受付は行っておりません。ご相談窓口よりお問い合わせください。 - URL
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