とかく「高収入」と思われがちな医師ですが、病院(この記事では、診療所を含むものとします)勤務の場合は激務で拘束時間が長く、「割に合わない」と感じる方もいらっしゃるでしょう。また、新型コロナウイルス感染拡大の長期化により経営難となり、十分な残業代が支払われないケースも懸念されます。
医師は宿直などの待機時間が長く、どこまでが労働時間として認められるのか分かりにくいのが実情です。しかし待機時間であったとしても、一定の要件を満たせば労働時間になり、残業代請求ができる場合があります。給与が「年俸制」や「固定残業制」で支払われていても、制度が想定している残業時間を超えて働けば、超過分の請求が可能です。
このコラムでは、労働時間の定義や残業代の支給ルールについて触れながら、医師の労働時間として扱われるケースを解説します。あわせて、労働基準法改正による、医師の時間外上限規制の内容も紹介します。
まずは労働時間の定義について説明します。
一般的な労働時間の考え方は、これまでの判例に基づき、厚生労働省の指針などで示されています。厚生労働省のサイトによると、
労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる
とされています。
労働時間に該当するかどうかは、労働契約や就業規則で決められるものではなく、客観的に見て、労働者の行為が使用者から義務付けられたものといえるか否かによって判断されます。
使用者の指揮命令下に置かれている時間の具体例として、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」では以下の3つを挙げています。
上記ガイドラインからすれば、業務引き継ぎのための朝礼やなどは、労働時間として認められる可能性が高いといえます。
次の章からは、医師であれば直面しやすい、研鑽の時間と宿直の時間、オンコール待機の時間が労働時間に該当するかを見ていきます。
医師の研鑽の時間が労働時間に該当するかについては、厚生労働省による通達が出されています(令1・7・1基発0701第9号)。
この通達によれば、上司の明示・黙示の指示による行う研鑽は、労働時間に該当しますが、一般的に、業務上必須ではなく、自由な意思に基づき、所定労働時間外に、自ら申し出て、上司の明示・黙示による指示なく行う場合には、労働時間には該当しないとされています。
たとえば、診療ガイドラインについての勉強、新しい治療法や新薬についての勉強、自らが術者等である手術や処置等についての予習や振り返り、シミュレーターを用いた手技の練習といった研鑽は、診療の準備や診療の後処理として不可欠である場合には、労働時間に該当するとされています。
また、手術・処置等の見学の機会を確保や症例経験を蓄積するために、見学を行うといった研鑽については、見学中に診療や診療の補助を行った時間については、労働時間になるとされ、また、診療や診療の補助を行うことが常態化している場合には、全ての見学時間が労働時間とされています。
また、宿直時間が、労働時間に該当するかは、大星ビル管理事件(最判平14・2・28民集56巻2号361頁)やビル代行事件(東京高判平17・7・20労判899号13頁)が参考になります。
これらの裁判例からすれば、仮眠時間中に、一定の場所で待機し、必要に応じて実作業に従事する義務がある場合には、実作業への従事の必要性が皆無に等しいなどの事情がない限り、労働時間に該当するといえます。
一般的に医師の宿直であれば、実作業への従事の必要性が皆無に等しいケースは多くはないでしょうから、労働時間に該当するケースが多いことが想定されます。
たとえば、産婦人科医が当直勤務2回のうち、平均して1回は分娩に立ち会う必要があったケースでは、実作業への従事の必要性が皆無に等しいとはいえず、労働時間に該当するとされています(東京地判平29・6・30労判1166号23頁(医療法人社団E会(産科医・時間外労働)事件))。
ただし、医師の宿直については、労働時間に該当したとしても、労働基準法41条3号及び労基法施行規則23条に基づく宿直許可がされていることも少なくなく、注意が必要です。
適法に許可を受け、許可基準に準拠した適法な宿直業務である場合には、宿直手当(深夜早朝割増賃金含む)と、宿直中に通常の労働をした場合の賃金を除き、残業代は発生しません。
もっとも、許可基準から逸脱した宿直業務であった場合には、不活動時間についても残業代を請求できます(前掲大阪高判平22・11・16労判1026号144頁(奈良県(医師時間外手当)事件))。
許可基準を順守していないケースも少なくないことが予想されますので、勤務実態が許可基準に適合しているかは、弁護士などに相談しましょう。
なお、宿直の許可基準に関しては、通達(令1・7・1基発0701第8号、昭33・2・13基発第90号、昭33・9・13発基第17号等)が参考になり、許可基準の概要は次のとおりです。
より自由度の高い、自宅でのオンコール待機の不活動時間については、判断が分かれるでしょう。
医師以外の自宅待機時間については、労働時間に該当しないと判断されやすい傾向でした(東京地判平20・3・27(大道工業事件)、東京地判平29・11・10労経速2339号3頁(都市再生機構事件)等)。
しかし、医師のオンコール待機であれば、出動要請後、迅速に駆け付ける必要があるでしょうし、睡眠や飲酒、外出などはできないしょう。身心への負担や緊張は極めて大きなものと想定され、医師のオンコール待機と一般の自宅待機とは異なる配慮が必要です。
厚生労働省の「医師の働き方改革の推進に関する検討会」においても、
等を踏まえ、オンコール待機時間全体について、労働から離れることが保障されているかどうかによって判断するものであり、個別具体的に判断すべきとの議論がされています。
オンコール待機時間が労働時間に該当するかは、上記の考慮要素などを検討して判断していく必要があり、弁護士に相談されることをお勧めします。
なお、病院の命令によることなく医師が、自主的にオンコール待機の制度を運営していたとして、労働時間該当性を認めなかった裁判例がある(大阪高判平22・11・16労判1026号144頁(奈良県(医師時間外手当)事件)等)ため、オンコール待機の命令が、病院側からなされているのかは確認する必要があります。
労働基準法32条は、労働時間の上限を「1日8時間、週40時間」までと定めています(ただし、従業員数が、10人未満の小規模な病院では、週44時間)。
これは勤務医であっても適用される規定です。
① 60時間を超える時間外労働分の割増率は50%
労働時間の考え方に基づき、労働時間に該当する時間を合計して1日8時間・週40(44)時間を超えた分については割増賃金の対象です。
通常の割増率は25%ですが、月の時間外労働が60時間を超えた場合、60時間を超える時間外労働分の割増率については、50%となります。
② 病院の規模により、50%の割増率が適用されない(令和5年3月31日まで)
ただし、50%の割増率は、令和5年3月31日までは、従業員が100人以下であるか、(出資持分のある医療法人の場合)出資の額が5000万以下である病院には適用されません(労基法138条、働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律1条、同附則1条3号)。
令和5年4月1日以降は、病院の規模に関わらず、60時間を超えた労働時間の割増率は50%となります。
上記の割増賃金を、病院側が支払っていないとすれば違法の可能性があります。
また、医師の場合、主な勤務先からの派遣による場合も含め、兼業・副業をしている方は、極めて多いでしょうが、兼業・副業の場合は、複数の病院での労働時間を通算することになります(労基法38条1項、昭23・5・14基発769号、令2・9・1基発0901第3号)。
通達における労働時間の通算方法は複雑で、原則的ルールは、次のような内容です。
この原則的ルールに従うと、たとえば、次のような扱いとなります。
また、通達によれば、上記の方法によらないでも、次に述べる「管理モデル」による労働時間を管理する方法も可能とされており、特に2020年9月以降に兼業・副業を開始した場合には、この方法による労働時間管理がなされている可能性があります。
このとき、病院Aは、上限の範囲内で、労働時間の通算をせずに労働時間の管理を行いますが、病院Bでの労働は、病院Aで時間外労働の枠が確保されている限り、全て時間外労働として扱われ、割増賃金が支払われることとなります。
勤務医の場合は「年俸制」や「固定残業代制」で給与が支払われているケースも少なくないでしょう。この章では、一定の残業代があらかじめ本給に含まれている場合など取り扱いについて、説明します。
年俸制は、ボーナスなどを含む給与の総額を1年ごとに決定する給与制度です。
総額の決め方は病院によって違いますが、年俸制であっても1日8時間・週40時間を超えた分については残業代の支払いが必要になります。
年俸の総額に一定時間分の残業代が含まれているケースもありますが、その「一定時間」を超えて残業をした場合、病院は超過分の残業代を支払わなければなりません。
年俸制の中に含まれている残業代の額が算定できないときは、年俸制の中に残業代が含まれていない扱いとなります(最判平29・7・7集民256号31頁(医療法人康心会事件))。
固定残業代制は、一定時間分の残業代を固定残業代とし、基本給に含めて支払う方法と一定額の手当として支払う方法があります。年俸制と同様、一定時間を超えて残業した場合は超過分の残業代を請求できます。
また、基本給に含めて残業代が支払われている場合、基本給の中に含まれている残業代の額が算定できないときには、基本給の中に残業代が含まれていない扱いとなります。
このようなケースでは、請求する残業額が多額となることが多いので、弁護士にご相談ください。
① 未払い残業代の正確な額を把握する必要がある
年俸制や固定残業代制の場合には、あらかじめ何時間分の残業代が含まれているのか確認し、実際の残業時間が、採用された制度が予定している残業時間よりも長いのなら、未払いの残業代を請求しましょう。
請求するためにはまず、未払い残業代がいくらになるのか計算しなければなりません。
残業代は基本的に「時間単価×残業時間×割増率」で計算されますが、割増率は深夜帯や法定休日などによって異なるため、いつ、何時間労働したのかを細かく把握する必要があります。
② 客観的な証拠を示す必要がある
さらに請求に当たっては、「その時間に労働したこと」を客観的な証拠によって示さなければなりません。
証拠になるものとしては、出勤簿やシフト表などのほか、IDカードによる病院への入退室記録、病院との携帯電話の記録、メールなどがあります。
③ 証拠がそろったら病院へ請求を
計算と証拠集めが完了したら、内容証明を用い、請求書を病院に送付しましょう。
病院側が応じなければ、労働審判や裁判を申し立てるなどの方法に移行します。
④ 残業代請求の準備には手間がかかる。確実に請求したいなら弁護士へ相談を
未払い残業代の計算や証拠集め、請求書の送付などは手間のかかる作業なので、忙しい医師がひとりでやるのは難しい面があります。
手間を省き、かつ確実に未払いの残業代を支払ってもらうには、労働問題を扱った経験が豊富な弁護士へのご相談をおすすめします。
残業時間には、労働基準法改正により、罰則付きの上限が設けられました。この上限は、一般の労働者に対しては平成31年4月から適用されています。
しかし、医師に関しては例外で、業務の特殊性も踏まえて5年間の猶予期間が設けられ、令和6年4月から上限規制が適用される予定です(労基法141条4項)。
具体的な規制内容は確定していませんが、「医師の働き方改革に関する検討会報告書」及び「医師の働き方改革の推進に関する検討会 中間とりまとめ」によって、大まかな方向性が定められています。
以下、令和3年3月16日現在で予定されている医師の残業時間の上限規制について解説します。
① 令和6年度からの、医師の残業時間の上限規制
令和6年度からは、医師も一般の労働者と同様に、三六協定上の時間外労働の通常の上限は、「年360時間、月45時間」となります(労基法141条1項、36条3項)。
また、通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に通常の上限時間を超えて労働をさせる必要がある場合の上限時間(特別条項による上限時間)については、一般の医師は「年960時間、月100時間」(A水準)となる見通しです。
この960時間という年間の上限時間は、一般の労働者の720時間の年間上限規制と異なり、兼業・副業時も通算して計算される予定です。
これを超えて働かせた場合には、病院に罰則が科されることとなります(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金:労基法141条5項、同3項)。
② 一部に関しては上限規制の例外が認められている
ただ、地域医療が医師の長時間労働によって成り立っているという特殊事情や短期間で医師の養成をしなければならないという事情もあるため、一部に関しては上限規制の例外を認めています。
例外となるのは、
です。
これらのケースでは、特別条項による上限は、(兼業・副業時の場合、通算して)「年1860時間、月100時間」となる見通しです。
例外の適用には、原則として、連続勤務時間を28時間までに制限する、9時間以上の勤務間インターバルを設けるなどの追加的健康確保措置が必要です。
なお、国は令和17年度末をめどに、B水準、連携B水準を廃止し、C水準によって延長できる残業時間数も減少する方針です。
厚生労働省の研究班の「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」(平成28年度)及び「病院勤務医の勤務実態に関する調査研究」に基づく医政局医療経営支援課の推定によると、病院勤務医の上位10%は残業時間の年平均が1904時間に上っています。
一般労働者の残業時間の上限「年720時間」をはるかに上回る「年1860時間」の残業規制ですが、特に繁忙な現場では、それをさらに超えて働いている医師が存在するのが現実です。
上限規制を超えた残業についても、当然残業代を請求する権利はありますが、罰則が設けられるため、上限規制を超えてしまった分を意図的に記録しないでおく病院が出ることなどが予想されます。
そうしたトラブルに備え、医師側も自分の残業時間を記録し、残業の証拠を残しておくと安心でしょう。
参考資料:厚厚生労働省医政局 医師の働き方改革について
宿直やオンコール待機時間などの合計が、勤務制度で想定されている残業時間を上回る場合は、上回った分の残業代を請求できる可能性があります。
宿直許可による宿直であっても、残業代を請求できるケースは少なくないでしょう。
しかし、未払い残業代の計算や残業の証拠集めを、多忙を極める医師がひとりで行うのには限界があります。
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